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Channel: ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
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柔道が危険なスポーツなのではない、日本の柔道が危険なのだ

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日本において、学校体育で柔道ほどたくさんの死者が出ているスポーツはほかにありません。ボクシングなども危険なスポーツですが、なんだかんだいってもアマチュア、プロとも競技人口が多いとはいえない。しかし柔道は(だいぶ競技人口は減っているとはいえ)、中学にも普通に部があるスポーツです。そのようなスポーツで、部活動の枠内でこの30年弱で100人を優に超える中学生・高校生らが死亡しているというのはなんとも怖い話です。

いま私は

>部活動の枠内で

と書きました。一般の町道場での事故を入れればこの数ではすまないわけだし、死ななくても意識不明で寝たきりになっている(元)子どももいるわけで、これまたなんともとんでもない話です。

ところがですよ。こういった話はなかなかマスコミも記事にしないし、世間の動きも鈍いわけです。学校に暴漢が押し入って多数の児童が殺害、負傷される事件が起きたら、学校に「監視カメラ」がつけられたりしますが(正直、学校にこんなものを設置したところで、大阪教育大学付属池田小学校のような事件を防ぐのはほとんどできない相談だと私は思います)、学校内における柔道の死亡事故はなかなか世間にその実態も伝わらないし、行政その他動きも鈍すぎるくらい鈍い。

柔道事故


今回書評するのは、教育社会学を専攻する名古屋大学大学院准教授執筆による日本の学校体育における柔道事故の実態や、その対応、被害者家族の思い、識者へのインタビューなどをまとめた本です。本来このような本は、体育学の教員が執筆するのがいいのでしょうが、けっきょく著者のような立場の方が執筆するというのは、やはり業界と一歩はなれた立場の人間でないと難しいのかなと考えます。

この本を読んで驚いたのは、日本の2〜3倍の柔道競技人口があるとされるフランスで、子どもの柔道の事故がないという話です。統計からはみ出ている可能性もありますが、個人主義者のフランス人が、このような事件がもしあったとして、それを黙っていて世間から隠匿されるとも思えませんから、やっぱり日本の柔道関係の事故数は非常識に高いということです。柔道がさかんな国ではありませんが、米国でもそのような事故はないとのこと。ていうか、そういう事故があっては困ります。学校の部活動ごときでかわいい自分の息子や娘が死んだらお話にもなりません。しかしとくに柔道の場合、度を越えたしごきや理不尽な体罰(理不尽でない体罰というのがあるとも思いませんけどね)、人間性すらどうかと思うようなたぐいのことがやたらあります。実際部活動で柔道をする子どもたちは激減しています。子どもの絶対数の減少もありますが、2003年と2012年を比較すると、2012年は2003年の競技者数の7割とか6割というひどい数です。これは、柔道における死者の数の多さが世間で明らかになる以前からのトレンドですから、子どもたちばかりでなく保護者からしても「柔道はちょっと…」という考えがあるということじゃないですかね。そしてこの死者数を見れば、それが「偏見」とか「誤解」では済まされないということも十分理解できるというものです。

さすがに最近は、全日本柔道連盟などもこの件を重大視していて以前と比べるとだいぶまともな対応をするようになったようですが、ずいぶん遅いという気がします。以前某相撲部屋で新弟子が死んでしまうリンチ事件がありましたが、柔道界も子どもの命とかいうものにあまりに感心が低すぎたんじゃないんですかね。実際、柔道の一流選手の中にはめちゃくちゃな目にあった人が少なくない。以前私は、内柴正人を評して

>内柴はたしかにどうしようもない人間のクズでしょうが、そのクズぶりをさらに助長したのは、柔道関係者とその周辺じゃないかと思います。もちろん関係者みな「あいつがあそこまで馬鹿とは思わなかった」ということでしょうが、そういった甘い態度、見て見ぬふりをした態度が、あまりにひどい次元にまで彼を暴走させてしまいました。

すいません、内柴正人は1日にしてならず、だと思いますので、このような記事を書きました。

と書きました。実際、彼の人間性が破壊されたのは、もともとの素質の悪さ以外にも柔道界に長く身をおいたせいでもあるんじゃないんですか。内柴の性犯罪は論外ですが、女子ナショナルチーム選手に対する監督(本業は警視庁の警官というのもどうかですが)の暴言なども、女子であれなんだから男子においては推して知るべしのたぐいでしょう。園田氏だって、やっぱり柔道界の「常識」でだいぶ人間性が損なわれたんじゃないんですか。

そう考えると、本の後半に収録されているバルセロナ五輪銀メダリスト溝口紀子氏へのインタビューが興味深い。彼女は、柔道強豪校への推薦入学を断り一般の高校に入学したので、その報復でしょうか、立ち技では一本を取れなかったというのです。審判が取ってくれない。しごかなくても世界で戦える選手がでてきては都合が悪いというのです。彼女は大学も埼玉大学にすすんでいますので、つまり大学も強豪校ではない。そのような女性だからこそ柔道界にもの申せる部分もあるわけです。そして著者は指摘してませんが、たぶん彼女が柔道強豪の大学の教員ではないこともその理由でしょう。強豪大学の教員でしたら、なかなか全柔連にもの申すことは難しいのでは。

溝口氏の指摘ですと、柔道選手の進学→就職→(ことによったら)柔道界での幹部になるというコースによって、多くの柔道関係者が柔道のマイナス面に口を閉ざすことになるのだそうです。それはそうなわけで、逆にそのアンチテーゼとしての存在である溝口氏のような方が動いてくれればだいぶよいのではないかと思います。すくなくとも柔道界も、上村春樹氏がトップから辞任せざるを得ない状況にはなったわけですから。

溝口氏は、話題になった全柔連理事による女子選手への性的事件でも、表に立って告発しています。いやはや、頭が下がります。

では最後に、この本の中で印象に残ったくだりを引用して記事を終えます。何人かの柔道家が著者に語った言葉です。

>日本では試合で負けたらもちろん殴られるけど、勝ったとしても勝ち方が悪かったと殴られる(p.207)


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