8月ですので、いくつか戦争関連の記事を書きます。
今年大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』が、2023年の国立機関への収蔵を前に全国ロードショーをされましたが、この映画のエピソードを1つ。
この映画の軍律会議通訳で、戸浦六宏が出演しています。『戦場のメリークリスマス』は、キャストは戸浦氏を除くと大島映画初出演の俳優たちばかりですが、戸浦氏は大島映画の常連俳優です。
戸浦氏は京都大学で文学部英文学科で学び、そこで大島監督との付き合いが始まります。大島監督が1960年に大阪を舞台とする『太陽の墓場』の撮影で関西弁のできる役者の紹介を戸浦氏に依頼、戸浦氏は自分も参加、同年の『日本の夜と霧』にも出演します。戸浦氏は、当時大阪高等学校(私立の新制高校で旧制高校ではありません。念のため)の英語教師でしたが、教職を退職し、俳優を職業とすることとなります。
それでわかるとおり、戸浦氏が英語の通訳の役をするというのは、英語が得意な戸浦氏にとっては、ある意味うってつけだったわけです。わけだったのですが・・・。
大島監督によると、どうも戸浦氏の話す英語というのは、日本人以外には理解できない英語だったとのことです。それで、けっきょく吹き替えということになったとか。それは、大島監督の著書で知りました。
今の時代ではそのようなこともないでしょうが、戸浦氏の時代(戸浦氏は1930年生まれ)では、まだそんな時代だったのでしょう。文章を読むことは問題なくても、話したり聞き取ったりすることは学ぶ時代でなかったのでしょう。
大島監督もこの件にはさすがに申し訳なく思ったみたいです。いま手元に本がないので正確な引用ができませんが、大島監督としては、戸浦氏を俳優の世界に連れ込んで良かったのかなあという想いもあったようです。
それはともかく、今年この映画を観たのであらためて戸浦氏の英語を聞いてみました。たしかに戸浦氏の声ではないですね。この映画は、撮影が1982年、公開が83年で、もう40年近く前の映画です。まさにこの映画自体が歴史です。なお上の戸浦氏とデヴィッド・ボウイの写真は、この映画のDVDからのスクリーンショットです。