前にこんな記事を書きました。ポスターの写真は再掲ということで。
新潟で、北朝鮮・拉致問題・北朝鮮への帰国(帰還)問題に関する映画の上映会がある(都合をつけて、行ってみようかと思う)(追記あり)その記事で私は、
>4日のほうの映画はぜひ見てみたいですね。特に井上梅次監督の『絶唱母を呼ぶ歌 鳥よ翼をかして』と望月優子監督の『海を渡る友情』は非常に興味があります。
と書きました。それで、都合をつけて4日のみ観に行きました。新幹線往復で金もかかりましたが、しかし予想以上に興味深いものではありました。記事を。写真も同じ記事からです。
>新潟市民プラザ(新潟市中央区)で北朝鮮の人権について考える映画上映会が開催
2021-12-04 3日前 下越, 拉致問題, 社会
3Dアニメーション作品「トゥルーノース」上映後のトークの様子
特定失踪者家族有志の会や、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会などが主催する「北朝鮮に自由を! 人権映画祭」が4日から5日まで、新潟市民プラザ(新潟市中央区)で開催されている。北朝鮮を主題に描いた映画作品が上映されるイベントで、入場は無料。4日は、主に帰還事業や脱北を題材とした4作品が上映され、来場者の胸を打った。
同イベントは2019年、東京都での開催に始まり、その後2020年には大阪府で、そして今回の新潟開催で3回目を数える。
特定失踪者問題調査会の代表などを務める拓殖大学海外事情研究所の荒木和博教授によると、近年、韓国では北朝鮮の人権への関心の高まりから、こうした映画の鑑賞会が行われるようになってきており「それを日本でもできないか」と始まったものであるという。
そして、横田めぐみさんたち拉致被害について言及するとともに「在日朝鮮人とその日本人家族、約9万3,000人が北朝鮮へ帰った『帰還事業』の玄関となったのが新潟港である」(荒木教授)ことも今回の新潟開催の理由だと話す。
それで4本観ました。まずは、この日のメインである『絶唱母を呼ぶ歌 鳥よ翼をかして』から。ポスターの写真も再掲です。
感想を書きますと、これは井上監督は、青春映画という体裁で、どちらかというと在日差別の問題に力点を置いた映画にしているように思いますね。
上のポスターの写真でだいたいのアウトラインはご理解いただけるかと思いますが、つまり沖田浩之と抱き合っている二木てるみが沖田の実母で、北朝鮮に渡った日本人妻という設定で、当地で苦労しているというわけです。彼女は、在日の男性と結婚して帰国(帰還。反北朝鮮の人は、「帰還」という)するのですが、出発直前に沖田が高熱を出して(これは子どもの時代ですので、演じているのは当然子役です)渡航できなくなり、彼は日本に残るというものでした。その後なかなか連絡もおぼつかない状況になっているというわけです。なお私二木てるみと話をしたことがあり、この映画のことを知っていれば、ちょっとその件についても話をすればよかったなと少し後悔しています。
渋谷で「氷雪の門」を見て、二木てるみからサインをもらい握手をしてもらう一方かつて北朝鮮礼賛本を書いた学者(柳生博)はその件を悔やみ、大学をやめて日本人妻自由往来運動の活動家(たぶん原作者の池田文子がモデル。演じているのは萩尾みどり)と協力して日本人妻の親(が、まだ生きていた時代なわけです。1985年の映画です)を訪れたりします。ポスターにもそのシーンのスチール写真があります。なおこの学者というのは寺尾五郎をモデルにしているかと思いますが、実際の寺尾はこういうことをしていたわけではありません。
それで、映画は沖田-二木のラインと、柳生-萩尾のライン、さらに、短大を卒業して自分の人生を考え出している坂上味和と藤巻潤の娘と父の関係がもう1つのラインとなっています。実は、坂上は、藤巻の実の娘ではなく、彼女の実母(藤巻の妹)も日本人妻として北朝鮮に渡ったのです。その際に、柳生の本を読んで感銘を受けたのが、北朝鮮へ渡るきっかけの1つだったので、藤巻は柳生を責めます。そのくだりが、柳生と藤巻が写っているポスターの写真です。
それで柳生と藤巻がなぜ相対しているかというと、沖田に柳生が殴られた(だから治療の跡があるわけです。殴った理由は、藤巻と同じ理由)ので警察に行き、そこで刑事をしている藤巻が路上に落ちていた柳生本をみて事情を察した(昔の北朝鮮帰国者の関係者から恨まれたかあるいはその後柳生がその運動に反する活動したので逆に敵視されたか)というわけです。
沖田と坂上の出会いとかもありますが、そのあたりは割愛して、ミュージシャンとして沖田は、在日コリアン(一応韓国人という設定らしい)2人が所属する3人組のバンドに参加して、商業的に成功しますが、沖田が在日であるという記事を出されてしまい、ライヴ会場で非難をされますが、「そんなことに何の問題もないじゃないか!」と宣言して拍手を得ます。最後は、これもあまり長々と書いてもしょうがないのでやめますが、沖田が韓国人(正確には、日韓の血をひいている)であることで、過去のいきさつから娘の結婚に難色を示す藤巻ですが、ようやく吹っ切れて結婚を認めるに至ります。ラスト、日本海に浮かぶ船で、北朝鮮にいる母に向かって沖田が歌を熱唱し、映画は終わります。「お母さーん」という坂上と一緒の叫びとともに。
いろいろ違和感の多い部分もある映画ですが(詳細は後述)、思ったよりイデオロギーバリバリの映画というものでなく、わりとまともな映画だったとおもいます。上にも書いたように、この映画で監督を任され、しかも脚本も執筆した井上監督は、たぶんプロデューサーの期待を損ねない範囲で、在日差別の問題とか最大限イデオロギーとは関係ない人権やヒューマニズムといった方面で映画を作ろうと腐心したのではないですかね。もちろん日本人妻の問題は、この映画の最大のテーマですが、そういったところだけでなく、あえて在日差別の問題に相当に力点が置かれているのがこの映画のポイントであり、やはり井上監督も露骨に統一協会の宣伝の映画を作るのは気がすすまなかったところがあったのだろうなという気がします。
さてほかに、この映画で「?」と思ったところをちょっと書いてみます。
1つは、あえて「北朝鮮」という呼称を避けているのかと思いますが、「北鮮」という表現で北朝鮮が呼ばれています。1985年の時点では、さすがに「北鮮」といういい方はすでに一般的ではなかったのではないかと思うのですが、どうなのか。ここは無難に「北朝鮮」で良かったんじゃないのという気はします。
2つ目は、現役の政治家がその名前でご当人が画面に登場することです。後に民社党の委員長も務めた永末英一です。フロントクレジットで「特別出演」とあり、え、そんな人が出るのと思っていたら、本当に出てきたのでけっこう本気で驚きました。それでエンドクレジットで、この映画に協力した政治家や文化人ほかの名前が出ます。詳細は、国立映画アーカイブの表をご確認ください。
やはり自民党と民社党の政治家の名前が目立ちますが、田代富士男のような公明党の政治家の名前もありました。田代氏は、のちに受託収賄で起訴、執行猶予付き有罪判決(懲役刑)を受けています。ほかに民社党支持(?)と思われる文化人の名前も。草柳大蔵などはそうでしょう。ほかにも清水幾太郎や俵孝太郎、またこれは統一協会のからみでしょう、筑波大学学長の福田信之なんて人の名前もあります。法眼晋作の名前もありますね。彼は、外務省の名門の出で、外務事務次官も務めました。日中国交回復時の事務次官でしたが、かなり強い反共イデオロギーの持ち主であった彼は、Wikipediaにも
>反共の観点から中華民国との国交を維持することを強く主張していた。
とあるくらいです。参考に、この映画に関するツイートをご紹介。
北朝鮮を題材にした邦画といえば、井上梅次が日本人妻帰還運動とアイドル歌謡映画を融合させた『絶唱 母を呼ぶ声 鳥よ翼をかして』。統一教会の支援のもとエンドロールには岸信介や石原慎太郎ほか保守派の政治家、財界人、文化人が名を連ねて迫力ある。詳しくは『別冊映画秘宝 謎の映画』をどうぞ。 pic.twitter.com/nng3K3i902
— 高鳥都 (@somichi) September 4, 2017『鳥よ翼をかして』の主演は沖田浩之と坂上味和。クライマックスは船上で熱唱するヒロくん、なんと10分以上の長尺に井上梅次の音楽映画魂がスパークする。やがて歌は北朝鮮に暮らす母へと引き継がれ、実際の記録映像まで差し込まれるエモーショナルさ。劇場公開はなく、各地での自主上映が相次いだ。 pic.twitter.com/eZyX8Z6oTl
— 高鳥都 (@somichi) September 4, 2017ざっくり書くと、当時の映画界では珍しく保守寄りの井上梅次が政治や宗教との関わりから依頼されたプロパガンダ作品をみずからの作りたいジャンルに引き寄せた感じ。続いて梅次は反北朝鮮映画として、公安とスパイの攻防を描いたサスペンスアクション『暗号名 黒猫を追え!』を送り出す。 pic.twitter.com/TpS1vgTb8y
— 高鳥都 (@somichi) September 4, 2017最後に、真夏竜はどこに出ていたのかなです。バンドのメンバー? 刑事? よく確認できませんでした。
だいぶ記事が長くなったので、次の映画はまた別の記事で取り上げます。来週以降の発表になりますので乞うご期待。