「午前十時の映画祭」で映画「スティング」を見たので、そうえいば、この映画の元ネタの本があったなあと思いだしまして、ちょっと入手しました。上の本で、日本では1999年に出版されています。
著者のデヴィッド・ウォレン・モラー(David Warren Maurer )は言語学の教授(社会学や犯罪学の教授ではないのです)で、多くの詐欺師から話を聞いてこの本をまとめました。この本は1940年に出版されて、それを映画の脚本家であるデヴィッド・ウォード(David Schad Ward)が参考にして映画のシナリオを書いたわけです。
この本自体は、上にも書いたように前々から存在は知っていましたが、読んでみると、なるほど、「スティング」の詐欺の話はだいたいこの本の通りだということがわかります。
さて、ここからちょっと映画「スティング」の細かい部分にまで触れますので、この映画を見ていない方、あるいはネタバレを読みたくない方は、ここでこの記事を読むのをやめてください。
いいですか? それでは書きますよ。
この本によると、詐欺(「ビッグ・コン」と呼ばれる大規模な詐欺の場合。カモに金を調達させる。反対のショート・コンは、持ち金をだまし取る詐欺。映画では、最初にロバート・レッドフォードらがやった詐欺がこれ)の手順とは以下のようなもののようです。(p.18)
>1、裕福なカモの住居を突き止め、身元調査を行う(〈カモを見つける〉)。
2、カモを信用させる(〈仕事を始める〉)。
3、カモを〈インサイドマン〉に会わせる(〈カモを捕まえる〉)。
4、インサイドマンがカモに、不正に大金を設ける方法があると話す(〈話を持ちかける〉)。
5、試しにやらせて、カモに儲けさせる(〈エサ〉を与える)。
6、カモに投資額を決めさせる(〈ブレークダウン〉の段階に入る)。
7、金策のためカモを家に戻す(〈センド〉の段階に入る)。
8、ビッグ・ストアでもうけをさせて、カモの金を巻き上げる(〈タッチ〉を騙し取る)。
9、できるだけ早くカモをお払い箱にする(〈ブロー・オフ〉の段階に入る)。
10、カモが告訴をしないように警官がなだめる(〈フィクス〉の段階に入る)。
原文の漢数字は、当方が算用数字に変更しました。
いわゆる隠語、ジャーゴンのたぐいがわかりにくいかもしれませんが、でもだいたい過程というか次第はご理解いただけると思います。それで、「スティング」の詐欺も、だいたいこのパターンを踏襲していることがわかります。
>1、裕福なカモの住居を突き止め、身元調査を行う(〈カモを見つける〉)。
「スティング」で、ロバート・ショーの演じた組織のボスであるドイル・ロネガンをひっかけた理由は、仲間の詐欺師を殺されたことに対する弔いみたいなものがあったわけですが、当たり前ながら映画の中の詐欺師グループもロネガンの調査をしています。
>2、カモを信用させる(〈仕事を始める〉)。
シカゴの呑み屋に化けたポール・ニューマンのやり手詐欺師がポーカー賭博でロネガンをひっかけて、それでカッカさせたところでレッドフォードが現れて話をする、というのがここです。なお、部下が上司に一泡吹かせたいからあんたに協力を願いたい・・・という話も、典型的な詐欺師の口上です。
>3、カモを〈インサイドマン〉に会わせる(〈カモを捕まえる〉)。
4、インサイドマンがカモに、不正に大金を設ける方法があると話す(〈話を持ちかける〉)。
これは、「2」とつながります。つまり競馬の詐欺で、金儲けをして、あんたをだました呑み屋を破産させてやろうと持ちかけるわけです。
>5、試しにやらせて、カモに儲けさせる(〈エサ〉を与える)。
実際に呑み屋に行って、指定された競馬の馬券を買わせて金を儲けさせます。最初に儲けさせるのは、こちらを信用させるための詐欺の鉄則です。
>6、カモに投資額を決めさせる(〈ブレークダウン〉の段階に入る)。
大規模に営業している呑み屋をつぶすためには、大金を賭けなければいけないと思わせます。
>7、金策のためカモを家に戻す(〈センド〉の段階に入る)。
ロネガンは銀行家ですから、金の調達も容易です。
>8、ビッグ・ストアでもうけをさせて、カモの金を巻き上げる(〈タッチ〉を騙し取る)。
指定した馬券にロネガンは賭けますが、これが罠で、負ける馬券です。
>9、できるだけ早くカモをお払い箱にする(〈ブロー・オフ〉の段階に入る)。
ここで(嘘ですが)FBIが手入れを行い、裏切られたニューマンがレッドフォードを射殺(これも嘘)、FBIはニューマンを射殺(同左)します。FBIは、警官に、カモを早く連れ出せと指示します。
>10、カモが告訴をしないように警官がなだめる(〈フィクス〉の段階に入る)。
ロネガンに警官は、2人も人が死んだのだ、金どころじゃないだろうとか話をして、去っていきます。この警官(チャールズ・ダーニングがいい演技をしていました)は、詐欺仲間でなく本気でだまされたのですが。
また、フィックスというのは、カモが怒って訴えたりした際に保険の意味合いもあります。フィクサーと呼ばれる顔の通じる連中が、時に警察に話をしてくれたりして刑務所に行かないで済んだりするわけです。
細かいことはともかく、基本にはまったく忠実です。つまりは、「スティング」の詐欺は、昔の詐欺の王道を行く典型的なものだったというわけです。
たとえば(観客もだます)ラストの射殺は、実はあれも典型的な詐欺の手口です。つまりそうやって舞台を騒然とさせて、論理的な思考をカモにさせないわけです。
また、特急の中でポーカーでだます手口―いかさまで、低い数字のカードで大きな役をつかませて、自分は大きい数字の役で勝つ(映画では3のフォアカードをつかませて、自分は9のフォアカードで勝つ)つもりが、敵がさらにカードをすり替えて、ジャックにして勝つ―というのも、本にのっています。最後の、さらに高い役で詐欺師の方が負かされるというのは、本によると詐欺師が素人(かどうかわかりませんが)にやられた話です。
最初にレッドフォードがやるすり替え詐欺も、本の中で紹介されていますし、つまりはあの映画でつかわれている詐欺ネタは、ほとんどこの本の写しです。
それで、ペテン師たちが射殺されるという筋書きも、これも上にも書いたように、この種の詐欺でよく使われます。目の前で誰かが撃たれれば、さすがに誰でも動揺し、論理的かつ冷静な思考ができなくなってしまいます。それがねらいです。
それで本の解説(出版時でなく再販時のもの)にもあるように、この本が出版された1940年は、すでにこの種の詐欺は最盛期を過ぎていました。時代は、こういった詐欺に対してまた厳しい時代になっていったわけです。映画の中で、仲間たちが仕事するにあたっての最初の相談の場で、「「電信」なんて十年前の手だ」というくだりは、やはり詐欺がいろいろ困難になっていった時代を表していることもあるでしょうし、またニューマンの演じる伝説的詐欺師(役名のゴンドーフとは、有名な詐欺師の名前からいただいています。本にも繰り返し出てきます)がFBIに追っかけられているというのも、これも連邦警察が登場してきて、昔ほどのひどいことがやりにくくなってきていることを表しています。
時代が違うので、いまの時代にこの映画に登場するような詐欺そのものがあるわけもありませんが、基本は不変でそこからさまざまな詐欺が出てきます。映画を見て「面白い」と思った人も、ネタはわかったと思った人も、この本はけっこう興味深く読めるのではないかと思います。
なお、この記事を書く過程で、脚本のデヴィッド・ウォードのインタビューを見つけました。興味のある方はお読みください。