過日書店で本をあさっていまして、ちくま学芸文庫のコーナーで、こちらの本を手に取りました。
文庫本が出版されていること自体は知っていましたが、この本については単行本をすでに持っているので、特に手に取ったりもすることはありませんでした。このときなぜこの本を手に取ったのかは私もよく分かりませんが、「なんとなく」という程度のものだと思います。
で、あれ、文庫化にあたっての訳者(奥村昭夫氏)の解説がないなと思ったら、本の末尾に大要、本文中に問題のある表現があるが、訳者が存命でないこともあり・・・というようなことが書かれていました。
え、奥村さんて亡くなったの、と驚きました。表紙カバーの訳者紹介を読むと、2011年にお亡くなりになったとのこと。1943年生まれとのことなので、まだ70歳にもならない死です。
Wikipediaにも氏の項目がありますが、死亡の日(誕生日も同様)も記載されておらず、お亡くなりになった年齢もわかりません(67歳あるいは68歳ではあります)。お亡くなりになったことも特に報道されなかったんですかね。ネットで確認した限りでは、関係する記事は見当たりませんでした。
奥村氏は東京大学文学部仏文科を卒業、映画監督として数本作品を撮っています。いわゆる自主制作映画と思われますので、観た人はあまり多くないでしょうし、私も観ていませんが、世間ではゴダールの紹介者、ゴダール本の翻訳家として知名度があると思います。以下、奥村氏の翻訳、あるいは編集したゴダール関係の本です。
最後の本は2012年の出版ですから、お亡くなりになった後のものです。
常識的に考えて、ゴダール関係の仕事だけで生活できるわけもないでしょうから、その他の何かで生計を立てていらっしゃったのでしょうが、ネットで見つけた次の記事が印象に残りました。
>間宮さんが、『ゴダール全発言・全評論』全三巻の編集をしていた頃、「奥村さんは数千枚の原稿用紙が入ったリュックサックを背負って、会社にやってくるんですが、そのリュックから机の上に生原稿の束を置くときにドサリと大きな音がして、周りがびっくりするんですよ」と嬉しそうに語っていたのが思い出される。
へえ、と思ったのが「原稿用紙」というところです。この時代(本が発売されたのは、1998年~2004年)は、すでに世の中多くの人がパソコンあるいはそうでなくてもワープロ専用機で執筆していたと思われます。さすがに経済的にパソコンが購入できなかった・・・ということでもないのでしょうが、あれだけ大部な書物を翻訳すればさらに膨大な原稿にはなるわけで、それを担いで現れたという奥村氏(すでに50代以上だったはず)を想像すると、正直鬼気迫るものがあります。いまならメールなりそうでなくても記憶媒体で原稿を出版社に持ち込むことがOKですが、物理的な原稿を背負って(つまり、運送を頼むわけに行かなかったのでしょう)出版社を訪れる・・・。なかなか現代では見かけない光景だと思います。
奥村氏はゴダールより10歳以上年下なわけで、たぶん自分がゴダールより早くこの世を去るなんて想像もしていなかったのでしょうが、しかしゴダールは今日でもお元気です。いまだ映画製作を続けるゴダールについての奥村氏の評論をこれからも読んでみたく思いました。
奥村昭夫氏のご冥福を祈って、この記事を終えます。