前に、数学者の秋山仁が、数学が出来るようになる条件の1つとして、カレーライスを作れる能力というのをあげていました。興味のある方は、ネットで「秋山仁 カレーライス」で検索してみてください。つまり物事を計量的に把握するとか、ある行為を手順をもってやれる能力などの有無ということでしょう。
この話を初めて聞いたときは、単に「はあ、そんなものかいな」と思っただけですが、これもなかなか含蓄に富む話ですね。つまりは、認知症になると、調理ができなくなる、苦手になるというのは、まさにこの話と表裏一体でしょう。
調理をする過程というのは、メニューを考える→(必要なものを)買い物をする→手順に従って調理をする…というものではないかと思います。そしてメニューを考える(家にある食材、費用、時間などを総合的に判断する)、買い物をする(必要な食材、買いたい食材、バーゲンなので買いたい食材などを総合的に判断する)、調理をする(調理開始時間、合理的な調理手順、材料や水の分量、味付けその他)、どれも膨大な情報を頭の中で処理します。私たちは、これを主観的にはそれほど苦労をしないでやり遂げますが、認知症になると、買い物がうまくいかなかったり(いらないものを買ったりする)、メニューを考えるのが困難になったり(だからいつも同じようなものばかり作る)、味付けなどもできなくなったりします。私たちは、想像以上にいろいろなことを頭を使って作業しているということです。
そんなことを考えていたら、週刊誌に面白い記事がのっていました。「週刊現代」で認知症についての記事がありまして立ち読みしたところ、「なるほどねえ」といろいろ考えさせられました。その記事は、ネットでもアップされていますので、読者の方にもご紹介しながら私なりの見解を書いてみたいと思います。
あなたも家族も必読 認知症「最初の最初」この30兆候を知っておけば大丈夫 すぐに気付いて対処すれば、間に合う (魚拓1、魚拓2、魚拓3、魚拓4、魚拓5)
>愛知県に住む64歳の男性は、ペットボトルのお茶を飲もうとしたとき、こんな違和感に気付いた。
「蓋を開けようとしても、うまく回せないんです。何度やってもできず、妻に頼んで開けてもらいました。瓶ビールの蓋を栓抜きで開けることはできましたし、握力が落ちたのとは違う感覚でした」
これは、認知症になる前段階の軽度認知障害(MCI)によく見られる兆候だという。日本認知症学会の専門医でおくむらクリニック(岐阜県)院長の奥村歩医師が解説する。
「認知症の初期では、視空間認知機能が低下します。そのため、初期の段階から『回転』を必要とする動作に弱くなるんです。蓋を回して開けるのが苦手になるだけでなく、靴ひもが結べなくなる、引き戸は開けられるけどドアノブがうまく回せなくなる、ネクタイを結ぶのに時間がかかる、といった症状も出てきます」
このほか、自動販売機にうまくおカネが入れられない、道に迷いやすくなる、電話をかけるのに時間がかかる、といった兆候が出てくることもある。
これなんか、私の祖父がまさにそうです。過日私の祖父が拙宅に来た際も、ドアを開けるのに大変苦労していました。ドアのノブを回すという行為が非常に難しいみたいですね。ノブを回すという単純と思われがちな行為も、想像以上に頭を使っているということです。
ほかにも、祖父ではありませんが、私の聞いた話でも、やはりドアを開ける手順(詳しいことは分かりませんが、個人情報の関係で何らかの手続きを要するドアだったようです)が分からなくなる、それでほかの人にあけてもらったという話を聞いたことがあります。つまり回転運動に対応する能力が衰えたということでしょう。
また私の父など、方向感覚の非常にいい人間だったのですが、晩年はだいぶ悪くなったという話を母が話していました。これも空間把握能力が悪くなっていたのでしょう。
そう考えると、動物で「回す」という運動ができるものは、そんなに多くはないですよね、きっと。つまりあるものを回転させる能力というのは、かなり高度な能力だということです。
>埼玉県に住む74歳の斉藤啓子さん(仮名)は、3歳年上の夫との会話の途中でこんな異変を感じた。
「会社員の息子が、中国に転勤することが決まったと聞き、夫に伝えたんです。空気も悪いし食べものなども心配で、相談したかったのですが、『そうか』と生返事しかせず、話の途中でふいに立ち上がって、自分の部屋へ行ってしまった」
こうしたことが何度か続いたので、啓子さんは夫を病院へ連れて行こうとした。
「そうしたら、『俺はどこも悪くない!』と突然怒鳴ったんです。温厚な性格で、声を荒らげることなどない人だったので、驚きました」
この夫の行動にも、初期の兆候が見られるという。『社会脳からみた認知症』(講談社ブルーバックス)の著者で、勤医協中央病院(北海道)名誉院長の伊古田俊夫医師が解説する。
「まず、大切な話をしているのに聞き流したり無視するというのは、他人に関心を持つ脳の働きが低下していると考えられます。数分であれば相手の目を見て話ができるのですが、すぐに関心が薄れてしまう。認知症の初期には、何かに取りつかれたような状態や心だけ別の世界に行ってしまったような状態が認められることがあります。
また、すぐにカッとして怒鳴るのも特徴的です。怒る相手は赤の他人ではなくて、一緒に住んでいる妻や嫁、息子や娘など身近な人に対してのことが多い。怒りを抑える脳の機能が働かなくなってしまうのです」
私の父なども、声を荒げるような人間ではないのに、亡くなる前年の秋くらいに、「なんだ、そんなこと」としかいえないようなことで激高したことがありました。それをみた時私は、「これは相当悪いな」と思ったものですが、やはりそうだったのでしょうね。
>それだけでなく、感情の変化はこんなところにも表れる。伊古田医師は、小学校で教師をしている50代の男性からこんな相談を受けた。
「その方は、子供たちが何を考えているのかわからなくなった、とおっしゃいました。毎朝の朝礼では、子供たちの表情を見ながら、いつもと違った様子の子がいないかをチェックしていたそうですが、あるときから気に掛けることがなくなったそうです。同僚から『先生が変だ、と子供たちが騒いでいる』と指摘されて自覚したそうです。
脳の扁桃体という部分の働きが低下すると、人の感情がわからなくなってしまいます。笑っている人や怒っている人の写真を見せても、どんな感情を表しているか理解できなくなってしまうのです」
これはつまり、「空気が読めなくなる」と言い換えてもいい。不機嫌そうな妻の表情を読めずに夫婦ゲンカが頻繁に起こるようになったり、身近な人との人間関係がぎくしゃくし始めることが増えたら、要注意だ。皮肉やダジャレが通じない、落語や漫才を聞いてもオチが理解できず笑えなくなる……ということもある。
高齢者が詐欺にひっかかりやすいのも、脳の機能が低下して、空気が読めなくなっているせいだ。
「警戒心が薄れるんです。相手の表情やしゃべり方、しぐさなどから心の内を察することができなくなってしまうので、騙されやすくなってしまいます」(伊古田医師)
記事の内容とはまた違いますが、そういえば私の父も、囲碁が好きな人間で、以前はNHKの囲碁の番組(日曜にやっているやつ)を毎週楽しみに見ていたのですが、いつごろからというのは判然としませんが、見ることがなくなりました。なんであんなに好きだったのに見るのをやめたのだろうかと不審に思っていたのですが、たぶん頭がすでについていけなくなったのだということに最近気づきました。父は、死のちょっと前(数ヶ月前)に長谷川式の認知症検査を受けていまして、その際は大丈夫だったのですが、実際には相当頭がやられていたのでしょう。
それにしても人間好きで認知症になるわけではないですから、これも厳しいですよね。私ももちろんなりたくないのはやまやまですが、でもならない保証は(当然)ないしねえ。どうしたものかです。私の父なんかも、頭はいいし、勉強もものすごくできたんですが、認知症になるかならないかは、そういうこととも本質的には関係はありませんしね。どうもなあです。
というわけで、私としては認知症にはならないように、最大限の努力はしていきたいと思います、って、病識がなければどうしようもありませんが。