このブログで2言目に書くネタに、「自分のことを名前で呼ぶ女性大っ嫌い」という話があります。
私はすくなくとも中学生のときには、自分のことを名前で呼ぶ女性が苦手だったので、相当すじがね入りの嫌い方だと思います。
この件で私が仕入れたネタのひとつに、沖縄では自分のことを名前で呼ぶ女性が目立つという話があります。その話はネットでちょいちょい見かけます。で、とあるサイトを見てみました(書き手の方は女性ですが、ご自分では呼んでいないにしても名前呼び自体は気にしないようです)。すると興味深い記述がありました。
>もう一つ、第一人称で驚いたのは、自身のことを
「自分」
という女性が非常に多いこと。
これは、最初きいたときは本気で自衛隊勤務の方かと思った。
男性はともかく、女性が「自分」というと、本土出身者の私からすると、かなり体育会系な響きが、最初はした。(すぐ慣れたけれど)
これを読んで「おや」と思いました。これって、誰かがまさにそうですよね。
タイトルにもあるように、浅田真央はまさに自分のことを「自分」と呼んでいます。前浅田真央がNHKの歳末助け合いのPRか何かに出ていて、「私・・・」とテレビの前で話していましたが、ものすごく言いにくそうでした。ほんと自分のことを「私」って呼ぶことが好きでないみたいですね。でも自分のことをいつまでも名前では呼んでいられない…そう考えて「自分」と称しているのでしょう。
世の中広しといえど、浅田真央ほど「自分」という一人称が似合わない人もあんまりいないでしょうが、やっぱりこういうことはもっと小さいころから「外では…」と教育していかなければいけませんね。あとで困るのは親でなく子どもです。浅田匡子さんという人は、あんまりそういう教育をしなかったんですかね。
それにしても、浅田真央がなんで自分が対外的に使う第一人称を「自分」というようにしたのかその理由は知りませんが、沖縄の呼び方をまねしたかどうかはともかく、あるいは「私」という呼称は使いたくないとなると、消去法で「自分」というのが選択肢になるんですかね。その可能性はありそうです。さきほど引用した記事を書いた方は、
>第一人称として「わたし」を使い慣れておらず、かといって自分の名前を呼ぶのはちょっと恥ずかしい・・・
そんな気持ちの裏返しでは?
とお書きになっています。
以前の私は、家の中でも自分のことを名前で呼ぶべきではないと考えていましたが、最近は外ではやめるべきだと考えを変えました。上村愛子は、これからは自分のことを「愛子」でなく「私」と呼ぶことにしますと宣言したそうですが(こちらのサイトで知りました)、父の葬式でしばらくぶりに再会した親戚の中にも、社会人になったのにまだ自分のことを名前で呼んでいる人がいました。ばかばかしいのでもう注意もしませんでしたが(かつては注意したために複数の女性から嫌われました)、やっぱり高校を卒業するか社会人になったら自分のことは「私」と呼ぶのがいいと思います、最低でも家の外では。確認したら、外では「私」と呼んでいるというので少し安心しました。
が、こちらの記事で指摘したように、浅田真央も油断しているとすぐ名前が出ます。彼女は、頭の中で思考を形成する際は「真央」となるのでしょう。長洲未来は、英語では「I」でも日本語では「未来は…」となります。英語は英語、日本語は日本語なのでしょう。面白い話です。