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Channel: ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
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同じ役を演じた俳優2人のあまりの落差にちょっと驚く

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遠藤周作の「沈黙」の話ではなく、今回は実在の人物を演じた2人の俳優について。演じた役は、カンボジアでポル・ポト派(クメール・ルージュ。フランス語で「赤いクメール」の意味)に殺害されたカメラマン一ノ瀬泰造についてです。

一ノ瀬は1947年佐賀県出身、野球に熱中し甲子園球児でした。日大芸術学部写真学科を卒業、プロのカメラマンをめざします。UPIなどで仕事をした後フリーとなってカンボジアに行きそこで消息を絶ちます。

カンボジアのゲリラというのは、ベトナムなどと違い非常に凶暴かつ無慈悲でしたので、一ノ瀬も1973年に逮捕されてまもなく殺害された模様です。シチュエーションはいろいろですが、沢田教一や俳優エロール・フリンの息子のショーン・フリンなど日本人をふくむたくさんの報道関係者がカンボジアで殉職したり行方不明になっています。ベトナムなどと比べてもはるかにカンボジアは危険な場所でした。

それでポル・ポト政権崩壊後の82年に一ノ瀬のご両親が一ノ瀬の遺体を確認、作も発表されて彼の知名度も高くなります。その流れで85年に「泰造」という映画が発表されて、さらに1999年に「地雷を踏んだらサヨウナラ」という映画が公開される運びとなりました。このときはあらためて一ノ瀬が注目されたようです。

それで前者で一ノ瀬を演じているのが岡本早生という俳優で、後者では浅野忠信が演じています。率直なところ、映画の評判も浅野版のほうがはるかに上で、容姿も浅野のほうがはるかに一ノ瀬に似ていますが、ここでは前者の「泰造」という映画と岡本早生という俳優について考えます。

岡本は、もっぱら1980年代に若干の活動をした俳優のようですが、あまり活動がよくつかめません。どうも作曲家でこの映画のプロデューサーである木下忠司が彼を気に入ったようで、87年に木下恵介監督の「新・喜びも悲しみも幾歳月」に出演(たぶん兄貴の恵介監督に推薦したのでしょう)、NHK大河ドラマに端役で出演したりあと時代劇などへの出演(こちら参照)が散見されます。95年の新藤兼人監督の「午後の遺言状」にタクシー運転手役で出演したのが、私が確認している彼の最後の役者としての活動です。

 

なおこちらに彼の名前を見つけることができます。「無名塾」の出身のようですね。

>パルコ・仲代プロジェクト提携公演

マクベス
公演日程1982年11月13日 (土) ~1982年11月30日 (火) 会場PARCO西武劇場出演
仲代達矢、山本圭、神崎愛、隆大介、役所広司、森一、益岡徹、大橋吾郎、大川ひろし、古田将士、及川以造、岡本早生、友居達彦、野崎海太郎、吉村和敏、鈴木功、松野秀子、吉井元美、何末美、小宮久美子、岡本真実、仲代奈都、佐藤正文、五條貴士、小川真司
スタッフ
作:シェイクスピア
訳:小田島雄志
演出:隆巴
音楽:池辺晋一郎
照明:清水俊彦
振付:西田尭
衣裳:河盛成夫
舞台監督:林清人

いわゆる独立プロの映画とはいえ、最初の本格的映画出演が主演というのは大きいし、また当時「(新人)」と紹介されていました。普通(新人)と併記されるのは、相当期待された人材ということでしょう。

が、やっぱり華がなかったんですかね。実はこの映画はソフト化もされていないし、フィルムセンターにて(木下忠司の作品特集)昨年ニュープリントで上映されたそうですが、あいにく私は見ることができませんでした。だからスチール写真ほかで論じるのも気がすすまないのですが、ひげ面の彼の写真を見ても、ちょっと一ノ瀬とイメージ違うなあです。いや、いいんですよ。イメージが違ったって。デヴ・パテルは天才数学者ラマヌジャンとは顔も体型も似ても似つかぬ人間ですが、しかし映画「奇蹟がくれた数式」ではラマヌジャンを見事に演じきっていました。この映画についてはまた記事を書きます。しかし岡本の一ノ瀬はどうだったんですかね。たぶんあまり観客の心をとらえるにいたらなかったんじゃないんですかね。とらえていれば、たぶん岡本は役者としてもっと活動できたし良い仕事もまわってきたでしょう。

なお「泰造」を監督したのは渡辺範雄という監督です。ぜんぜん私の知らない人で、この映画が彼の唯一の監督作品の模様です。「翼は心につけて」や「翔べイカロスの翼」などの助監督をしていて、このあとはプロデューサーなどをしていたようですが、たぶん監督としての能力もあんまり高くなかったのかもですね。見ていなくてここまで書いてはいけませんが。で、彼は「ナンバーテンブルース さらばサイゴン」という映画にも助監督として係っていたので、あるいはインドシナとかベトナム戦争関係に詳しかったということで起用されるに至ったのなのかもです。いや、「泰造」の制作会社が制作協力した(らしい)「恋の浮島」にも渡辺氏は助監督をしているので、その関係かな? 最近の作品では、こちらで氏の名前を見つけることができました。たぶん同じ人でしょう。「ラインプロデューサー」とは、こちらによると

>制作における制作デスクがさらに昇格した職種です。制作面でのプロデューサーとなり、メーカーやクライアントとの打ち合わせなどを行います。予算面と現場面のスーパーバイザー。

とのこと。

木下忠司自身はこの映画が気に入っていたようで、昨年の上映の際も上記のようにわざわざニュープリントをしてもらったそうですし、脇のキャストは小林桂樹なども出演しているのですが、未見の映画についてこんなことを書いていても仕方ないので、見たらまた記事を書きます。

そして浅野忠信です。これは、一ノ瀬を演じた際はすでに俳優として大きな地歩を固めていたし、いわば俳優で映画を売れる状況でしたから比較しても酷ですが、やはり浅野のほうが一ノ瀬をたくみに演じたということでしょう。岡本がこの映画を見たかどうか私はもちろん知りませんが、未見だとしても岡本はものすごく悔しかったでしょうね。いかんせん自分と先方とのあまりの違いに。それは仕方ない部分もありますが、でもある意味残酷だなという気もします。地味な映画と高い興行収入を目指せる映画の違いはさておき、なんだか人生のネガとポジ、陰と陽を感じます。岡本早生を現在記憶し顔と名前が思い浮かぶ人はあまり多くない。浅野忠信は、好き嫌いは別として誰からも顔も名前も知られています。海外の映画でも活躍している。大きな差があります。

そういえば上でちょっと触れた「沈黙」で、浅野はスコッセッシ版で通訳を演じていました。篠田版では戸浦六宏です。主演ではないですが、どちらもなかなか巧みな演技でした。

岡本早生氏の95年より後の活動、現況については現在当方の知るところではありませんが、たぶんこの「泰造」への出演は彼の役者人生の最大のハイライトだったし、そして最大の挫折でもあったのでしょう。いつの日かこの映画を見て、また感想その他を記事にしたいと思います。


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