11月3日、CSチャンネルのファミリー劇場で、1986年に放送されたNHKのドキュメントが放送されました。手塚治虫を追った「NHK特集」です。
NHK特集 手塚治虫・創作の秘密(現在かなりお高めです)
なんでNHKの、32年も前に放送されたドキュメンタリーがいまさら放送されるのかなと思いましたが、この日は彼の90回目の誕生日だったわけです。彼は、生前は1926年生まれを自称していましたが、実際には1928年生まれです。
手塚の場合、好き嫌いとかはともかく、知名度という点では極めて高いものがあるわけで、にもかかわらず彼が生年を詐称していたのがあまり知られていなかったというのもかなり興味深いですが、たぶんその一因は、彼がちょうど旧制から新制の教育制度の過渡期にいて、そのあたりがよくわからなかったことだと思います。彼の出身校も、彼の卒業したのは大阪帝国大学医学専門部という戦時中に医者を養成するための学校でした。ここは1951年に廃止になっており、まさに数年しか存在しなかった学校だったわけです。
それはともかく、この番組を見ていたら、珍しい姿を観ることができました。ベレー帽をかぶっていない1985年の手塚の姿です。広島駅での姿です。
手塚は恥ずかしそうに、撮らないで、帽子かぶっていないから、なんて言っていますが、顔は笑っています。それでそういう映像を使っちゃうNHKもなかなか意地の悪い放送局です。手塚が亡くなるのは、この映像の3年半ほどたった89年2月です。
なお、こちらにもベレー帽をぬいだ手塚の写真があります。こちら様には、ベレー帽をかぶっていない手塚の写真がたくさん収録されていますので、興味のある方はご覧になってください。ただ、たぶん動画での姿は珍しいかもです。
これはまた話は違いますが、番組を見て改めて(昔見たことはあります)、これは早死にしてもおかしくないなあと思いました。あれだけ多忙なのに、フランスに行ったり広島に行ったりして、それで締め切りが間に合わず飛行機の中でも描いたりしているわけです。手塚の死因は胃ガンですが、やはり身体の酷使が並ではなかったわけで、番組の中でも100歳まで仕事をしたいと語っていますが、あまりに仕事の量もその他の文化使節のような仕事も、講演のような仕事も、とても無茶で人間技ではなかったと思います。
来年の2月9日が、彼が亡くなって30年目です。またそのころ記事を書きたいと思います。