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Channel: ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
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「透析を中止したい」の申出時が「正気」であり撤回時はそうでないという保証なんかどこにもない(死刑囚や自殺願望者だって同じようなものだろう)

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昨今話題の件に、都内某公立病院の医者の人工透析の関係があります。記事を。

 >医師が「死」の選択肢提示 透析中止、患者死亡 東京の公立病院

会員限定有料記事 毎日新聞2019年3月7日 05時00分(最終更新 3月8日 23時30分)

東京都による立ち入り検査が行われた公立福生病院=東京都福生市で2019年3月6日、宮武祐希撮影
 東京都福生市と羽村市、瑞穂町で構成される福生病院組合が運営する「公立福生病院」(松山健院長)で昨年8月、外科医(50)が都内の腎臓病患者の女性(当時44歳)に対して人工透析治療をやめる選択肢を示し、透析治療中止を選んだ女性が1週間後に死亡した。毎日新聞の取材で判明した。病院によると、他に30代と55歳の男性患者が治療を中止し、男性(55)の死亡が確認された。患者の状態が極めて不良の時などに限って治療中止を容認する日本透析医学会のガイドラインから逸脱し、病院を監督する都は6日、医療法に基づき立ち入り検査した。

で、どうもいろいろ読んでいると、医者のこのようなコメントが引っ掛かります。有料記事は読めないので孫引きしますと、

>センターの腎臓内科医(55)によると、さらに女性は「透析をしない。最後は福生病院でお願いしたい」と内科医に伝え、「息が苦しい」と14日に入院。ところが夫によると、15日になって女性が「透析中止を撤回する」と話したため、夫は治療再開を外科医に求めた。外科医によると、「こんなに苦しいのであれば、また透析をしようかな」という発言を女性から数回聞いたが、苦痛を和らげる治療を実施した。女性は16日午後5時過ぎに死亡した。

 外科医は「正気な時の(治療中止という女性の)固い意思に重きを置いた」と説明。中止しなければ女性は約4年間生きられた可能性があったという。外科医は「十分な意思確認がないまま透析治療が導入され、無益で偏った延命措置で患者が苦しんでいる。治療を受けない権利を認めるべきだ」と主張している。

とのこと。

いや、正直「透析治療の中止を求めた際は精神がまとまだったが、それを撤回した際は精神に問題があった」なんていう見解は、まったく正しさが保証されないでしょう。単なる医者の側の主観的な意見にすぎません。そういう前提でなければ、透析治療中止を遂行した医療行為の正当性が担保されないというだけの話でしかありません。おまけに、同意書もろくに取っていないなんて言う報道すらもあります。NHKの報道を。

>透析中止で患者死亡 説明記録確認できず 都が病院に改善指導
2019年4月9日 18時05分

東京の公立福生病院で、44歳の女性患者の人工透析が中止され、その後、死亡した問題で、東京都はこの女性への説明が十分に行われたかどうかを確認できる記録が残されていないなどとして、9日、病院に対し、文書で改善を指導しました。

この問題は去年8月、東京 福生市の公立福生病院で、腎臓病を患っていた44歳の女性の人工透析の治療が中止され、女性がおよそ1週間後に死亡したものです。

東京都は先月6日に病院に立ち入り検査を行い、人工透析の中止について、患者への説明が適切に行われていたかなどについて調べていました。

都の調べで人工透析の中止を決めたあとでも、本人の希望で、いつでも撤回できることについて、この女性に説明を行った記録などが確認できなかったということです。

また、この病院では人工透析を行わなかったり、中止したりして、その後、死亡した患者が、平成25年4月から立ち入り検査に入った日までに、44歳の女性を含めて24人いたことがわかりました。

この中には患者の意思を確認する書類が残されていないケースや、患者の状態に応じて適切な説明を行ったかどうか確認できないケースがあったということです。

(後略)

いくら何でも透析を中止する際には、透析治療中止の同意書を患者側から提出してもらうことくらいは医者の側の最低限の責務だろと思いますが、そうでもないんですかね。これ医者の側が、自分たちのやっていることがやばいから、証拠をはじめからなくすようにしていたんじゃないのと勘繰られたって仕方ないんじゃないんですかね。

だいたい人間、生死の判断というのは究極の判断です。そうである以上、自分で命を絶つことを決めた人物が、理由はともかくそれを撤回してその時点では積極的な死を迎えることをやっぱりやめるというくらいの権利は、誰にだってあるでしょう。

たとえばスイスとかには、積極的安楽死をするための施設があり、そこへは、積極的安楽死を認めていない国からも患者がやってきますが、もちろん「やっぱり死ぬのはやめた」とするのはOKなわけです。費用とかについては私は詳細を知りませんが、まさか「ここに来たんだからぜひ死んでください」とスタッフの人が死を強要するなんてこともないでしょう。

あるいは、死刑囚だって、死刑囚のなかには、最高裁まで争わずに、一審の地裁、あるいは二審の高裁、もしくは上告中に上告を取り下げて死刑を確定させる人もいます。それで、そういう人のなかには、これも理由はいろいろでしょうが、やっぱり裁判を再開してほしいという訴えをする人もいるわけです。幾人か例を挙げれば、夕張での保険金殺人の夫婦奈良での少女殺人事件の犯人名古屋の闇サイト殺人の犯人身内2人を殺した男性、これらの死刑囚が、地裁の判決後に、弁護人控訴などがあった後に自ら控訴を取り下げ死刑が確定、しかしその後また裁判をやり直すよう求めています。が、上の人たちはそれがかなわず全員死刑が執行されています。

夕張の夫婦は、死刑が確定した後昭和天皇が死ねば特赦がある(可能性がある)と考えて控訴を取り下げたのですが、死刑囚の減刑はありませんでした。ほかは、服罪した際にふてくされていたのかその時は自分は生きる価値がないと考えていたのかあるいはその他の理由かは定かでありませんが、ともかく「やはり裁判をしてほしい」と考えなおしてそれを求めたわけです。私は、死刑の裁判で最高裁まで行かずに上訴を自分で取り下げるというのは愚の骨頂ここに極まったりだと考えますが、ともかく彼(女)らは、その時はそういうことをしてしまったわけです。

でですよ、上の人たちを「潔くない」「そんなことできる筋合いか」なんて非難したってしょうがないですよね。そんなことで裁判が再開される見込みは極めて低いでしょうが、しかしやっぱり本人による生死の判断というのは最大限尊重されなければいけないでしょう。裁判所がそれを認める可能性は甚だしく低いかもですが、「やっぱり裁判を再開してほしい」あるいは「再審をしたい」と考えてそれを請求するのは、人間の最低限の権利というやつであって、どんな極悪非道な死刑囚でも、それくらいを求める権利はあるでしょう。

それで、死刑判決を、最高裁まで行かない段階で受け入れた精神状況と、やっぱり裁判をしてほしいと考えた精神状況のどちらがまともかと考えれば、私は精神医学なんて全く素人ですけど、常識的に考えてやっぱり生きたいと考えている時のほうがまともだと思います。その時は死こそが自分にできる唯一のことであるなんて考えていたって、しばらくすれば生きていればこれこれこういうこともできるなんて考えるのは、ごくありふれたことでしょう。銃器の購入が容易な国でも、ピストルなどの購入には、申請後それなりのタイムラグを必要とする国(地域)もあるという話を聞いたことがあります。つまり自殺用に使われることが多いので、落ち着く期間を見込んでいるというのです。もちろん銃を使わなくても人間いくらだって自殺はできますが(銃の入手が難しい日本は、きわめて自殺の多い国です)、でも一番苦しい時期を通り過ぎれば自殺もしないで済む場合も多いわけです。

だいたい生きているうちに自分は延命治療をどうするかなんて考えることと、最終判断をその瞬間とまではいわずとも数日中に決めなければいけないというのでは、人間まったく立場が違うでしょう。延命治療の否定は、現時点健康な人はそれに同調している人が多いというのは、、確かにそうなのかもしれません。。しかしこれが死が視野に入ってきた時点で意見が変わっているのに同調圧力ほかで意見を言えなくなる・・・なんて事態になったら、これまたこわいですね。ところで長谷川豊なる人物の、この記事をご記憶でしょうか。

医者の言うことを何年も無視し続けて自業自得で人工透析になった患者の費用まで全額国負担でなければいけないのか?今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!

記事の趣旨は、タイトルそのものですので、読みたければ読んでくださいと書いておきますが、長谷川豊はこの記事執筆時点では、フリーアナウンサーです。それでこの記事発表後、テレビ局やネットメディアから契約を解除されるという事態になりました。しかしですよ、彼は維新で先年の総選挙に出馬しています。これは小選挙区で敗れていますが、どうも今度の参議院の比例代表に出馬することになりそうです。

けっきょく某公立病院のやったことは、ここでの長谷川の主張にほぼそぐうものになっていますよね。長谷川が参議院選挙で当選するかどうかは定かでないないですが、つまりは彼の主張は、医者のなかでもそれを実行する人がいるという程度には、賛同されているのかなと感じます。さすがに現在は、優生保護法は廃止され母体保護法になったし、らい予防法も廃止され新法が成立しています。遺伝子疾患や遺伝性知恵遅れ(ハンセン病にいたっては、遺伝病ですらありませんが)の人間は、不妊手術をしてしまえ、欺罔をもって手術に追い込んでも合法である(と、厚生省は通達していました)、生まれた子も殺してしまえ(というのはさすがに法令には書かれていないかもですが、ハンセン病の療養所では生まれた子ども、だいたいにおいて中絶が間に合わなかったケースが多いようですが、を殺してしまった、なんてのは、関係する本を読めば出てくる話です)、なんてのは過去の時代の話であるということでしょうが、長谷川のような人物を見ると、なるほど、こういう人物が、上に書いたようなことを率先して行ったんだなあということはわかります。僧居た感覚を今日まで保持しているのが彼なのでしょう。そういう人間が国会議員になるかもしれない。かなりこわい時代なのかもです。


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