映画監督のウィリアム・フリードキン氏がお亡くなりになりましたね。記事を。
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2023年8月8日2:15 午後UPDATED 8時間前
「エクソシスト」のウィリアム・フリードキン監督、87歳で死去
By Reuters Staff
米アカデミー賞作品賞などを受賞した「フレンチ・コネクション」(1971年)やホラー映画「エクソシスト」(73年)などで知られる映画監督のウィリアム・フリードキン氏が7日死去した。2018年4月撮影(2023年 ロイター/Carlos Barria)
[7日 ロイター] - 米アカデミー賞作品賞などを受賞した「フレンチ・コネクション」(1971年)やホラー映画「エクソシスト」(73年)などで知られる映画監督のウィリアム・フリードキン氏が7日死去した。87歳だった。
クリエイティブ・アーティスツ・エージェンシーによると、心不全と肺炎のため自宅で亡くなったという。
「フレンチ・コネクション」ではアカデミー賞作品賞のほか、監督賞、主演男優賞を含む5部門で受賞。「エクソシスト」では作品賞や監督賞など10部門でノミネートされた。
フリードキン氏は1935年8月29日、貧しいウクライナ移民の息子としてシカゴで生まれた。大学に行く余裕はなく、高校卒業後はシカゴのテレビ局の郵便室で働き、ライブ番組の監督を開始。ドキュメンタリーを中心に制作活動を行い、やがてハリウッド進出を果たした。
私生活では4回の結婚を経験。女優のジャンヌ・モローさん、レスリー・アン・ダウンさん、ニュースキャスターのケリー・ラングさんとの結婚を経て、91年に女優からスタジオ経営に転じたシェリー・ランシングさんと結婚した。
引用記事にもありますように、フリードキン監督は、ウクライナ移民でした。ユダヤ系で、ポグロムからの避難民が先祖です。貧しくて、大学にも行けない経済状態でしたが、ドキュメンタリー監督から劇映画の監督になるというなかなか変わったキャリアです。そう考えると、アカデミー賞を受賞した『フレンチ・コネクション』がドキュメンタリータッチだったのもわかります。この映画では、ジーン・ハックマンの主人公が情報屋を殴るシーンで、映画のキャラクターと違い実は心優しい人間であるハックマンは、情報屋の俳優を殴れず、殴れ! とフリードキン監督はハックマンを追いつめたそうです。
その後の73年彼は、『エクソシスト』を監督、これが世界的大ヒットとなります。個人的には、『フレンチ・コネクション』のほうが好きな映画なのですが、やはり世間的には、『エクソシスト』が彼を代表する映画ということになるのでしょうね。なおこの映画は、『エクソシスト』のWikipediaによれば、スタンリー・キューブリックが監督役に名乗り上げましたが、製作会社が、撮影長期化を嫌い、拒否したとのこと。また
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フリードキンは演出の際、45口径の拳銃やショットガンを持ち出し、ジェイソン・ミラーなどに過剰な演技指導をしていた。また演技経験のないダイアー神父役のウィリアム・オマリーが瀕死のカラス神父に告解を与えるシーンでは、感情を引き出すため、本番直前にオマリーの頬を平手打ちし、その動揺した姿のままで迫真の演技をさせた。
というエピソードもあります。前出のハックマンの話のようなものです。ともかくフリードキン監督は、そこまで過剰な演出をする監督でした。
その後、有名なフランス映画のリメイクである『恐怖の報酬』が批評・興行ともパッとせず(ただし近年再評価されているとのこと)、このあたりからかつてほどの評価が得られなくなり、『ブリンクス』『クルージング 』『L.A.大捜査線/狼たちの街 』などは、やはり往年の高評価を得るにいたりませんでした。ただ物議を醸す映画ではあり、やはり特異な存在感のある映画監督だったということでしょう。
ところで『 L.A.大捜査線/狼たちの街』は、はみ出し者の捜査官2人(シークレット・サービスの設定)が無茶な捜査をするというあたりはたぶん『フレンチ・コネクション』を意識したつくりになっていますが、当時はまだあまり知られていなかったウィレム・デフォーやジョン・タトゥーロを主要な役で抜てきしたりもしています。このあたりの見る目はさすがです。
なお『エクソシスト』は、「午前十時の映画祭」で、9月に公開されますので、興味のある方はご覧になってください。カップリングの映画は、『ミツバチのささやき』です(苦笑)。あんまり関係ないじゃん。少女が出る映画ではありますが。
ウィリアム・フリードキン監督のご冥福を祈ってこの記事を終えます。なお写真の出典は、上がこちら、下はこちら。上は1990年の写真で、下は、『エクソシスト』で、リンダ・ブレアに演技指導をしている際のもの。