京都アニメーション放火殺人事件〈2019年7月18日発生)から5年たったので、マスコミで裁判以外にまたこの事件が取り上げられました。で、犯人を救命した医者が、次のように語っていますね。
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「救命した意味あった」 青葉被告の元主治医―京アニ事件5年
時事通信 社会部2024年07月18日07時04分配信
京都アニメーション放火殺人事件から18日で5年となるのを前に、発生直後から青葉真司被告(46)のやけどの治療に当たった元主治医で鳥取大病院高度救命救急センター長の上田敬博医師(52)が取材に応じ、「判決まで持っていけたのは大きい。救命した意味はあった」と語った。
現場にガソリンをまいて火を付けた直後、青葉被告自身も全身に重度のやけどを負った。搬送されてきた青葉被告を見た上田医師は「助ける自信はなかった。可能性は10%以下だと思った」という。しかし、「『死なせないでくれ』という(犠牲者の)声が聞こえてきたような気がして、『何が何でも助けないといけない』と感じた」。懸命な治療の末、青葉被告は一命を取り留めた。「容疑者であろうとなかろうと、救命するのが自分たちの職務。それをまず全うしようとした」と振り返る。
退院した青葉被告は逮捕、起訴され、今年1月、死刑判決を受けた。被告側は控訴している。
上田医師は4月ごろから、裁判について報じた新聞記事を一つ一つ読み返し、内容についての自身の思いを文字に残す作業を続けている。「自分は治療しただけだが、彼に向き合った自分の姿勢がどの程度伝わったのか」を確かめたいという思いからだ。死刑判決が出た後、面会のため拘置所を2度訪れたが、いずれも断られた。「謝罪の気持ちを持っているのか。犯した罪を後悔しているのか」。青葉被告にそれを問いたいと考えている。
医者は、
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判決まで持っていけたのは大きい。救命した意味はあった
と語っていますが、彼の考えとしては、
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容疑者であろうとなかろうと、救命するのが自分たちの職務。それをまず全うしようとした
ということであろうと思います。この件について私も以前に記事を書いています。
どんな極悪人であろうと医療措置を受ける権利くらいはあるし、拘禁する側にも医療措置をする責務くらいはあるだろう梅川昭美だろうがヘルマン・ゲーリングだろうが日立妻子6人殺害事件の犯人だろうが東条英機だろうが、いくら死刑確実だったり死刑確定者・執行直前であったとしても、医療措置が必要であればそれはするのが当然です。裁判とか贖罪とかは、次の問題です。どんな人間であろうと、その程度の権利はあるでしょう。医者が、裁判とかを強調するのは、いわば方便としてのものとして理解できますが、それは副次的な問題であろうと私は考えます。
が、今日は、裁判とか次の問題についての話です。若干旧聞ですが、ドナルド・トランプ前米国大統領が、狙撃されて負傷するという大事件が発生しました(ドナルド・トランプ暗殺未遂事件)。犯人は、Wikipediaから引用すれば(注釈の番号は削除)、
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CNNの報道によれば、犯人は集会会場のすぐ外にいて、建物の屋上から何発も発砲し、シークレットサービスのカウンタースナイパー部隊及び対襲撃部隊によって殺害されたという。
ということになりました。非常に危険なので、犯人が殺害されたのは仕方ないことなのでしょうが、ただこれはやはり真相の究明には大打撃です。やはり生きてくれていないと、なにがなんだかさっぱりわからない。
ケネディ大統領暗殺事件で犯人として逮捕されたリー・ハーヴェイ・オズワルドは、ジャック・ルビーに撃たれて死にました。これでは何がなんだかさっぱりわからない。それに対して安重根(伊藤博文を殺した人)とかイガール・アミル(イツハク・ラビン首相を殺した人)、ルイジ・ルケーニ(エリーザベト (オーストリア皇后)を殺した人)といった人たちは逮捕されて自分(安は仲間がいました)の犯行について供述しているので、いろいろなことがわかるわけです。ルケーニなどは回想録を書いて、その後に自殺しているくらいです。
日本では、安倍晋三を殺害した山上徹也被告は、逮捕直後からいろいろ話しているので、日本政府や裁判所なども、統一協会に強硬な態度を取らざるを得なくなりました。なお日本語版Wikipediaには、彼の項目はありませんが、英語版ほかでは項目がありますので、興味のある方はお読みになってください。
そういう意味では、連合赤軍の森恒夫が公判前に自殺したことや、オウム真理教の麻原彰晃が、まともに裁判に向き合えずに途中からいろいろな点でよろしくない状況になったのは、前者は自殺したのだし、後者はどっちみち保身しか考えていなかったあるいは精神がよろしくなかったのだからどうにもならんのですが、やはりあまりよいことではなかったなと思います。公安事件でなくても、北新地ビル放火殺人事件では、被疑者も死亡するにいたっています。被疑者がどのような心境で犯行を計画し行うにいたったかは定かでありませんが、家宅捜索などではうかがえない部分もあるわけであり、やはり取り調べは必要です。
過日の記事
オーラル・ヒストリーの重要性と「やっぱり時間が経たないと証言がでてこないな」ということを痛感するとも関連するように、やはり文字や文章を書ける(自らの執筆するテクストによってあらわせる)というのは、立場や身分、能力などの点で特権的な立場にあった人間に可能なことでしたし、現在でもある程度はそうです。そう考えれば、警察や検察の取り調べ、裁判での証言は、犯罪者(被疑者、被告人)の考えや立場を知るうえで非常に貴重なものとなります。公安事件の犯人などは、犯罪者の能力も高いことが多いので、(上のルキーニのように)手記なども書けますしまたそれらが世に出る機会もありえますが、重罪犯であっても自分の犯した重大さを理解できない人もいるし、またあまりに精神がよろしくなく他人の手に負えないこともある。前者は、私が拙記事でご紹介した死刑囚(この記事執筆時点で未執行)がその一例であり、後者はた附属池田小事件の犯人である宅間守などがその一例でしょう。宅間に関して精神鑑定を行った岡江晃氏によって発表された『宅間守 精神鑑定書 精神医療と刑事司法のはざまで』が出版されたのは、やはり非常に有益なことだったと思います。前者の死刑囚についても、マスコミなどが報道してくれないと、私たちはその人物がどのような人間なのかさっぱり理解できません。やはりそれも生きていて裁判があればです。
行政その他の支援がなかったことが非常に悪い事態をもたらした大きな要因と思われる強盗殺人事件の実例