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Channel: ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
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ナショナルチームの指導者が「鬼監督」「鬼コーチ」であること

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この間(5月14日)放送されたNHKの「サンデースポーツ」で、レスリングの伊調馨が、シンクロナイズドスイミングの日本代表ヘッドコーチ(HC)である井村雅代に話を聞いていました。

その番組で伊調は、井村のことを「井村先生」と呼んでいました(それに合わせてかもしれませんが、NHKアナウンサーの杉浦友紀も、最後に「井村先生ありがとうございました」と言っていました)。

彼女に指導を受ける選手たちが「先生」と呼ぶのはともかく、部外者である伊調らも「先生」と呼んでいるのには「へえ」と思いました。井村は、教員の経験はあるし、大阪府などの教育委員もしていましたが、現段階大学教授とかの教職をしているわけではない。つまり彼女は、そういった所属を超えて、スポーツ界では「先生」と呼ばれる立場なのでしょう。

さて井村といえば、選手への厳しい指導で知られます。この番組でも、だいたい話の内容は、厳しい指導の本意、ねらいなどの質問でした。テレビ取材などでももっぱら彼女が選手を怒鳴り散らす(叱咤激励する)ところが放映されます。もちろんそれは、そのような場面を選んでいるわけですが、彼女の指導が非常に厳しいのは事実でしょう。

それで思うのは、個々のチームはともかく、ナショナルチームでその指導者が非常に厳しい指導をするというのは、そのスポーツが発展途上中である、マイナースポーツである、それと共通しますが、競技人口の少ないスポーツであるということが前提であるということです。

1964年の東京オリンピックの際に日本女子バレーを金メダルに導いた大松博文は鬼指導で知られましたが、あのような指導ややり方を現在の監督である中田久美や前任者の眞鍋政義はしませんし、できません。高校とかそれ以上のレベルで個々の指導者では鬼監督がいても、代表監督ではそのようなことはありえない。

余談ですが、かつて女子バレー代表監督は「先生」と呼ばれていまして、東洋の魔女たちも「大松先生」と呼んでいましたが、いまはそう呼んでいないはずです。これも時代の変化とともに、代表監督の立場の変化によるものでしょう。そのあたり、井村が「先生」と呼ばれていることと共通点がありそうです。

ほかにも女子ソフトボールの宇津木妙子 も非常に厳しい指導で知られますが、その妙子から殴られた宇津木麗華に、妙子のような指導ややり方をしろと言ってもしないしできないわけです。宇津木麗華が甘いということではなく、オリンピックで金メダルを取ってしまった女子ソフトボールでは、妙子流の指導はもうする段階ではないということです。大松が厳しい指導をしたのも(当時の代表は日紡貝塚の単独チームのようなものだったという事情もありますが)、まさに代表を強くすることが日本バレー全体の強化と底上げにつながるという判断があったからです。

そう考えると、たぶんポスト井村のシンクロ指導者も、なかなか井村のような指導は難しいんじゃないかと思います。シンクロナイズドスイミングというのは、バレーボールはもちろん、ソフトボールとくらべてもはるかに競技人口が少ないのでマイナースポーツであることは今後も避けられませんから、あるいは上の2つのスポーツとくらべても厳しい指導が可能なのかもしれませんが(と、私は個人的には考えています)、たぶんポスト井村の指導者に、井村並みの厳しさを求めるのは難しいと思います。あれは実績とカリスマ性がないと選手もついてきてくれません。

野球の日本代表やサッカーの代表監督、ラグビーのHCなどを考えてみると、たとえば今年のWBCの監督だった小久保裕紀が大松のような指導をすることは考えられません。代表選手はいずれも完成している選手であり、また代表監督は選手を無事に所属チームに返すことが大きな仕事です。怪我をされてしまったら大変なことになってしまいます。野球の代表監督は、完成された選手に自分の考える戦略をやってもらうのが仕事です。それができない選手は、最初からお呼びでありません。

逆にサッカーやラグビーですと、ハンス・オフト監督やエディ・ジョーンズHCは、個々の代表選手に細かい指導を行いました。力の底上げを必要としていたわけです。それにより代表も強くなり、また日本のリーグも力が上がり、また下部組織、少年サッカー(ラグビー)もいろいろ力がついてきています。女子の強化も、このときの代表指導がいろいろ淵源となっている部分があるはずです。

サッカーの代表監督は、すでにそのような指導をする段階ではないでしょうが、ラグビーは南半球のラグビーリーグであるスーパーラグビーに日本人を中心とする「サンウルブズ」というチームが参戦している段階なわけです。ここに参加している選手が優先して代表になるとされています。サッカーもラグビーも、発展途上中ではあってもマイナースポーツではありませんから、大松流、宇津木妙子流、井村流の指導はされませんが、チームがそれなりに成熟してくればまた代表や代表指導者の役割や態度も変わってくると思います。

これは余談ですが、サントリーが自チームの指導者としてエディ・ジョーンズを招聘した際、私は「これは日本代表監督前提だな」と考えまして、そしてそうなりました。日本代表監督に就任してくれたジョーンズ氏ばかりでなく、呼んでくれたサントリーにも個人的には感謝の気持ちでいっぱいです。

なんでもそうでしょうが、スポーツというものもいろいろ新陳代謝を必要とします。選手や指導者の入れ替わりは当然として、ある時期の人気スポーツがその後もそうであるとは限らないし、スポーツのあり方や方針もいろいろ変わっていくしまた変わらないと困ります。井村は東京オリンピック後にHCを退任するのでしょうが、その後の指導者は良かれ悪しかれ井村とはまったく違う指導方法を余儀なくされるし、それは仕方ないと思います。井村は不世出の指導者でしょうから、他人が真似しようとしてできるものではない。ポスト井村をどう考えるかは、日本シンクロ界の都合の悪い課題だと思います。

なおこの記事は、こちらの記事に私が投稿したコメントから内容をふくらませたものです。ヒントになる記事を執筆されたこーじ宛様にお礼を申し上げます。


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