今日の記事は、昨日の記事の続きの性質があります。
このブログを長期にわたって読まれている方は、いかに私が遊んでいるのが好きで、仕事とか勉強とかは好きでないというのをご理解いただいていると思います。さよう、私は、遊んだり家で寝転がっているのが好きで、仕事とか学校の勉強とかは大嫌いです。私の卒業した高校は世に言う「進学校」だったし、出た大学は、世間一般では「一流大学」「ぜひ入りたい」と思われている大学ですが、正直私にとってはあまり面白いところではありませんでした。退学したほうが良かったかなという気が今でもしています。学歴不問の公務員にでもなって(地方公務員では逆学歴制限→大学を出ているのに高卒の枠への受検不可というのはあります)、合格した時点で大学なんか辞めればよかったかなと卒業してからずいぶん日にちも経ちましたが、まだそんなことを考えています。もっとも卒業したから大学院にもいけたのだから、そう悪いことばかりでもありません。
いずれにせよ人間働くより遊んでいる、家で寝っ転がっているほうがよっぽどいいと思います。ただ現実問題として、人間働かないといまの日本では一人前には扱ってくれませんよね。江戸川乱歩の小説の「虫」というのに(ほかにもいろいろあると思いますが、私が印象に残っているものということで)、金があるので遊んでばかりいる柾木愛造という主人公がいましたが、いまの日本では、親がまともなら、どれだけ大金持ちでも子どもに「働け」というでしょう。例えば知的障害とか強い発達障害とかで就労が困難というのなら仕方ありませんが、一定レベルの頭とやる気があれば、仕事はするでしょう。大学院などに行くとかならまだしも、仕事をしていない遊んでばかりいる人間では、世間はいい顔をしてくれません。もっとも小説の柾木は対人恐怖症という設定でしたが、たぶん発達障害みたいなものを作者は意識していたのでしょう。
世の中の人間が「学者」「プロスポーツ選手」「囲碁や将棋の棋士」「芸術家」「芸能人」とかに一定の憧れがあるのは、それらが基本趣味の延長だからだと思います。もちろんそれはきわめ皮相な見方でそう単純にいえるものでもないですが、日々仕事をするんだったら、そういう仕事のほうがいいなあと人間本気でめざすかどうかはともかく考えるのは理解できるところです。
それで私もご他聞にもれず日々1週間5日働き、オフィスにせっせと通っています。映画を観たり旅行をしたり遊ぶためには金が必要で、それを稼ぐために仕事をしています。
仕事をするのは仕方ありませんが、しかし働き者とは全く縁の遠い私としては、いかに遊ぶかということを日々考えるわけです。丸山健二は商社に勤めながら時間を盗んでせっせと小説を書いたそうですが、それはたいへんすばらしいことですね。仕事をしながら遊んでいるというのは、クビにならない範囲でそうしていれば非常にいいと思います。
そう考えると、このブログもまもなく開設10年を満了しますので、11年目からタイトルを「怠け者の美学」と変えようかと思います。怠けることがどれだけいいことか、いかに休日に遊ぶべきかということをえんえん書き連ねようと思います。もっとも現在でも、映画と旅のブログと称しているくらいで、基本は遊んでいる話を書いていますが。
いずれは自費出版でいいから、同題名の「怠け者の美学」という本を出したいですね。それが私の最初で最後の著作になるでしょうから、それを私の関係者に配布したいと思います。たぶん読者の方がその本を読む機会はないでしょうが、内容はこのブログの自分が好きな記事の抜粋になると思いますので、常連読者なら読む必要はありません。
そういうわけで、ブログをはじめてからまる10年を経過し、11年目に突入する12月15日をもって拙ブログ題名を変更します。長きにわたって現題名になじみのあった読者の皆さま、ありがとうございました。