nordhausenさんとbogus-simotukareさんからコメントをいただきましたが、先日の横浜地裁での1審判決は非常に興味深いものがありましたね。bogus-simotukareさんがご紹介くださった産経新聞の記事を。
>争点判断が量刑に直結せず…「苦しい評議」で無期判決
2021/11/9 21:21
横浜市の旧大口病院(現・横浜はじめ病院、休診中)で入院患者3人が殺害された点滴中毒死事件で、横浜地裁は9日、元看護師の久保木愛弓(あゆみ)被告(34)に完全責任能力があったと認めた上で、無期懲役を言い渡した。3人もの命が奪われ、被告の責任能力も認定されたケースでは異例の判断となった。
「苦しい評議でした。慎重に、本当に慎重に検討しました」
横浜地裁の家令和典裁判長は、久保木被告への説諭の中で、悩みに悩んだ上での死刑回避の判断だったとの思いをにじませ、「生涯をかけて償ってほしいというのが、裁判所が出した結論です」と、更生を願う言葉をかけた。
刑事責任能力の程度が最大の争点となった一方、その判断が量刑に直結しなかった今回の判決。地裁が最も重視したのは、被告がなぜ患者の殺害に及んだのかという犯行の過程だった。
判決では、発達障害の一種である自閉スペクトラム症の特性があった被告は臨機応変な対応を行うという看護師に必要な資質がなかったと指摘。「終末期医療を中心とする病院であれば自分でも務まる」と考え、旧大口病院に勤め始めたが、患者の家族から怒鳴られたことで強い恐怖を感じ、鬱状態になったとした。
消毒液の混入を繰り返した理由については「一時的な不安の軽減を求めて、『担当する患者を消し去るしかない』と短絡的な発想に至った」と説明。こうした犯行動機の形成過程には「本人の努力ではいかんともしがたい事情が色濃く影響しており、被告のために酌むべき事情といえる」とした。また、公判の経過とともに被告が贖罪(しょくざい)の意思を深めたことも、量刑上重視すべきポイントに挙げた。
被告は公判で、犯行当時は罪悪感や後悔の気持ちがなかったことなど、自分に不利な内容も素直に供述したと認定。「被告人質問では『償いの仕方が分からない』と述べていたが、最終陳述では『死んで償いたい』と述べるに至った」とし、更生の可能性があると評価した。
判決について、甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「看護師としての専門知識を利用して計画的に殺害した残虐な犯行は死刑に値し、無期懲役とした点は異例だ」と指摘。一方で「(被告が抱えているような)障害を受け入れる社会的基盤が足りない点などを考慮しており、市民の良識を生かせる裁判員裁判ならではの死刑回避の手法を示したもので、画期的だ」と評した。
神奈川大の白取祐司教授(刑事訴訟法)も「予想外の判決」としつつ、「被告の成育状況も含め、犯行に至る過程を相当重要視しているのが特徴的だ」と分析。裁判員裁判で丁寧な評議が行われた痕跡も読み取れるとし、「裁判所が、検察側と弁護側いずれの枠組みにも乗らずに結論を導く『第3の道』を取ったといえる」と話した。
一方、犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務局長の高橋正人弁護士は、「過去の量刑の相場から考えると、明らかに死刑が妥当な事例だ」と指摘、「看護師が人の命を奪ったことが社会に与えた影響も判決では触れられておらず、検証が不十分」とした。
判決を受け、横浜地検の安藤浄人次席検事は「内容を精査し、適切に対応したい」とコメントした。
私は死刑廃止論者なので、もちろん死刑判決を期待していたわけではありませんが、しかし正直この裁判については、死刑判決は免れないと思っていましたので、非常に意外な感がありますね。やはり発達障害がかなり強いものがあり、裁判では心神耗弱とまではいわずともそれに準じるという判断があったということか。
ところで検察は、
>内容を精査し、適切に対応したい
とのことで、控訴するんですかね。数回記事を書いているように、
そんなことを言うのであれば、検察は今後裁判員裁判では、量刑不当の控訴はしないのかという話になる 検察は、裁判員裁判での量刑を最大限尊重するんじゃなかったっけ 検察は、かつての主張を撤回したのかなと考えるわけです。かつて検察は、裁判員裁判の判決を尊重すべきだみたいな主張をしていましたが、やっぱり量刑不当の控訴をしていますよね。私は裁判員裁判に批判的な人間ですが、とりあえず裁判員裁判は重刑を目的とするものではありません。それは、被告人に有利な判決がでることもあるし、検察側にのっとった厳しい判決が下されることもある。で、同じ記事に登場する
>犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務局長の高橋正人弁護士
なる人物ですが、そもそも重刑を主張する人物が「弁護士」というのもなんですが、
>犯罪被害者支援弁護士フォーラム
ってねえ(苦笑)。はっきりいって、重刑を課すことより、被害にあった被害者(家族、遺族)への経済的救済のほうがより優先されるべきじゃないですかね。高橋弁護士は、私の過去記事
精神に重大な問題があったのだから、減刑になるのは仕方ないと思うから引用すれば
>「検察の不戦敗であり、職務放棄。司法に裏切られた被害者は誰にすがればいいのか」と批判。その上で、控訴審の裁判員裁判制度導入や被害者への上訴権付与を主張している。
とのことですが、今回の裁判は、控訴審の裁判員裁判制度導入は関係ないですよね。裁判員裁判での判決ですから。今後検察が控訴するかどうかは定かでありませんが、つまりは高橋弁護士は、絶対重刑支持なわけですが、それは裁判員裁判だからどうかとか、民意とかは関係ない話です。
>被害者への上訴権付与
というのもどうかと思いますが、
>控訴審の裁判員裁判制度導入
なんて単なる場当たり的な話でしかないじゃないですか。裁判員裁判は、別に重い刑を被告人に課すために導入されたわけではない。たとえば先日世間でもだいぶ話題になったこちらの刑事裁判の判決はどうか。
>5人殺傷、被告に無罪 精神障害で「心神喪失疑い」―神戸地裁
2021年11月04日22時53分
神戸市北区で2017年7月、祖父母ら5人を殺傷したとして、殺人罪などに問われた無職の男性被告(30)の裁判員裁判の判決が4日、神戸地裁であった。飯島健太郎裁判長は「正常な精神作用が機能しておらず、妄想などの圧倒的影響下にあった疑いを払拭(ふっしょく)できない」と指摘し、心神喪失状態だった疑いが残ると判断して刑事責任能力を認めず、無罪(求刑無期懲役)を言い渡した。
事実関係に争いはなく、争点は被告の刑事責任能力の程度だった。起訴前に精神鑑定した2人の医師の意見は割れており、飯島裁判長は妄想型統合失調症と診断した1人目の鑑定結果を採用。殺害した相手を、人ではない「哲学的ゾンビ」だと思っていたとの妄想について、「信じ切っていたか、そうでないとしても疑念はごく小さく、思いとどまることはできなかった」と判断した。
検察側は「精神障害の影響は圧倒的とは言えない」とする2人目の医師の鑑定結果を基に、心神耗弱を主張していたが、飯島裁判長は、同医師と被告との面接が1回のみで、5分程度だったことなどから、「鑑定手法は不十分で、(1人目に)比肩するだけの信用性を認めることはできない」と退けた。
被告は17年7月16日朝、神戸市北区の自宅やその周辺で、祖父=当時(83)=と祖母=同(83)=、近所の女性=同(79)=を包丁で刺すなどして殺害。母親(57)ら2人も殺害しようとしたとして起訴された。
神戸地検の山下裕之次席検事の話 判決内容をよく検討し、上級庁とも協議の上、適切に対応したい。
この判決の妥当性はまた議論がありうるとしても、こういう判決は、高橋弁護士はどう論評するのか。個人的な意見では、この裁判は起訴したこと自体にやや無理があったのではないかと考えますが、厳罰を良しとする論理では、これまた非難・批判するものなのか。いずれにせよあんまり重罰を振りまわすのはよろしくありませんね。またその話かといわれそうですが、法科大学院で犯罪被害者遺族に、被害者数や判例に固執するとして裁判官を批判する講演をさせたりそんな世迷言を垂れ流すマスコミと同様、よろしくないとはこのことです。
裁判官が判例に固執することを批判して、なにがどうなってほしいんだか