昨年暮れ、このような本を読んでみました。
本のコンセプトを、Amazonからご紹介しますと、
>家族に悩まされた経験を持つ人は少なくないだろう。配偶者のモラハラや支配的な親きょうだいの言動に「いっそのこと……」と思ったことはないだろうか。実際、日本の殺人事件の半数は家族間で起きている。家族の悩みは他人に相談しにくく、押さえ込んだ感情がいつ爆発するかわからない。傍から幸せそうに見える家族ほど、実は問題を抱えていることも多い。子どもへの度を超えた躾、仮面夫婦や夫と姑の確執、きょうだい間の嫉妬による殺人など理由はさまざまだが、そこに至る背景には一体何があるのか? 多くの事例から検証し、家族が抱える闇をあぶり出す。
それで、この本は、最初で、3件の家族間の殺人事件を取り上げています。1つは、野田小4女児虐待事件、宮崎家族3人殺害事件、あとこちらはWikipediaに記載がないようですが、岩手県で2019年に殺害、20年に発覚、21年に判決のあった岩手県の夫が奥さんを殺した事件です。本日は、宮崎と岩手の事件について取り上げます。事件の概要については、下の記事を参考にしてください。記事の筆者は、上の本の著者である阿部恭子さんです。阿部さんのプロフィールは、こちらから。
>NPO法人World Open Heart理事長。東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました 加害者家族の真実』(幻冬舎)、『性犯罪加害者家族のケアと人権: 尊厳の回復と個人の幸福を目指して』(現代人文社)など。
「お嬢様と召使」妻を殺害した“優しい夫”、本人が語った遺体を必死に隠し続けた悲しい理由
まず宮崎の事件についてとりあげます。この事件は、Wikipediaによると、
>判決では、Oが義母から犯行2日前に「部落に帰れ。これだから部落の人間は。」「離婚したければ離婚しなさい。慰謝料がっつりとってやる。」などと激しくののしられながら両手で頭を多数回たたかれ、翌日に犯行を決意したことが認定されている
というわけで、義母からのDVが非常に激しい事件でした。で、どうもこの義母は、奥本死刑囚(上の引用にある「O」です)が航空自衛隊に勤めていて、その時に自分の娘と結婚したにも関わらず自衛隊をやめて土木関係の仕事をはじめたことに強い不満を感じていたらしい。ほかにもいろいろあったのでしょうが、おそらく義母は、奥本死刑囚を「頼りない婿」みたいに考えていたようです。犯行2日前の口論も、奥本死刑囚の地元と宮崎のどちらで長男の初節句をするかといったことが発端らしい。馬鹿馬鹿しいにもほどがあるとはこのことだという気もしますが、私の個人的な意見を言いますと、この義母の発言と行動は、心理的および物理的DVにほかなりませんね。こういう事態になった時点で、奥本死刑囚が家を出るか、義母を家から追い出すか、ともかく奥さんに「これ以上同居はできない」というべきでしたね。たぶん奥本死刑囚が家を出ることになったのかもですが、ちょっとこれは同居を続けるのは無理でしょう。そして事実、非常に悪い形で同居しない状態になったわけです。現在奥本死刑囚は、死刑執行を待つ身です。
では岩手の事件はどうか。こちらも相当なものです。
>公判で、被告が運転できなくなったことについて妻が同僚に愚痴っていたこと、「長男は私に似ているから大好き。少しでも夫に似ていたなら育てたくない」「長男のために2人目の子どもは欲しいけど身体の関係は持ちたくない」と話したと同僚が証言しており、夫婦仲が冷え切っていたことは事実のようだ。
被告はある日、妻の日記を見てしまう。そこには、「もっと給料が高い男と結婚すればよかった」「この結婚は失敗」と書かれていたという。
(中略)
「あんたのせいで私の人生はめちゃくちゃになった」
「あんたのせいで恥をかかされている」
またこちらの記事も。同じ阿部さんにインタビューした記事です。
>妻の日記に〈もっと給料の高い男と結婚すればよかった〉〈夫の髪の毛が落ちている家に帰りたくない〉〈この結婚は失敗だった〉と記されていたと裁判で明らかにされました。
あるとき男性は「てんかん」の発作で病院に運ばれています。病院でたくさん知り合いが働いているからなのか、妻は「なんでここなの、恥ずかしい!」と激怒しました。その後も「子どに遺伝したらどうするのか」と責められ、「病人にはまかせられない」と子どもを自由に抱き上げることさえできなくなります。
また「てんかん」でクルマの運転ができなくなった夫を妻は「マジ使えね」と侮蔑しました。そうした夫婦関係のなかで、男性はどんどん追い詰められていったのでしょう。都市部に暮らす人にはなかなか理解してもらえないかもしれませんが、地方では「クルマと家庭を持ってこそ一人前の男」という価値観がいまだに根強いですから。
個人的には、これも「離婚でしょうがないよなあ」と思うし、とりあえず夫が家を出て別居すればいいじゃんと思いますが(奥さんを追い出すということは、この夫婦の間では、現実的でなかったのでしょう)、どうもこの岩手の件では、夫も奥さんも離婚はする意思は、なかったらしい。離婚するくらいなら殺してしまうということに、これはさすがに結果論ですが、なってしまったわけです。この事件は、殺害後1年後に死体が発見されて夫が逮捕、懲役14年の刑が判決されました。
それでこの2つの事件、明らかに地方に根強い古い男女間の役割についての古い価値観が前提になっていますね。阿部さんも、次のように指摘しています。
>二人とも岩手県で生まれ育ちました。すべてを否定するつもりはありませんが、地方にはロールモデルが極端に少ないという問題があります。クルマと家庭を持ってこそ一人前の男。30歳までに結婚して子どもを産まない女は女じゃない……。
広く世界を見れば、一人前の男になる必要も、女らしいとされる生き方を選ぶ義務もないんですが、ロールモデルがないゆえに、二人は地方の常識に従って生き、結婚した。地方で純粋培養された二人には、生き方の選択肢を増やす機会が少なかったのではないかと感じました。
(中略)
地方では、男女関係も家族関係も、古い価値観に縛られています。
都市部に比べてDVや虐待に対する問題意識も薄い。いまだに男の子に対する虐待を、しつけと捉える人は少なくありません。その理由は、男の子は強くないといけないから。女性のDV被害者や、虐待される子どもも救い切れていないのに、社会問題としてまだ広まっていない男性に対するDV、モラハラ被害をどうするのか……。
同じことは宮崎の事件でもいえると思います。宮崎の事件では、これはどうしてそういうことになったのか、当方よくわからないところもあるのですが、奥本夫婦と、奥本死刑囚の義母に当たる人物が、理由はともかく同居した。おそらく都会では、このような家族関係にはならなかったのではないか。なったかもしれませんが、ならない可能性のほうが高かったでしょう。そして義母と同居しなければ、たぶん奥本死刑囚は、3人もの人を殺めることはしなかったし、おそらくもっと気楽に別居するなり離婚することができたのではないか。
そしてやはり、この2人の男性には、駆け込み寺のようなところがなかったのだろうなと思います。男性から女性へのDV、あるいは児童虐待など世間一般でいう強者→弱者へは、施設なり法令なり、役所やNPO法人などの対応なども相対的にはまだいいでしょうが、女性から男性へのDVというのは、なかなか整っていないところがあるのではないか。都会のほうが、地方よりはるかに逃げる余地や価値観の多様性があるでしょうが、おそらく岩手の事件や宮崎の事件の人たちは、そういうところまで頭が回らなかったのでしょう。残念ながら頭が回らなかったでは話がすみませんが、ともかくそれが最悪の事態にまで行きついてしまいました。
そう考えると、特に地方にそのようなものが必要なのかもですが、女性からのDVに限りませんが、男性が家族関係ほかについて気楽にいろいろな相談、悩みの打ち明けほかができる環境が整わないといけませんね。自殺とおなじようなものでしょうが、宮崎の事件も岩手の事件も、ほんの少し2人の夫の頭が冷静なら、殺害まで至らなかったし、岩手の事件は、殺害後に自首することもありえたでしょう。すぐ自首していれば、懲役14年(求刑は18年)という厳しい刑が宣告されることもなかったはず。
それにしても古臭いジェンダー意識の故に、義母や奥さんが夫を責め、そしてその理不尽な叱責に夫が耐えられず、それを最悪の方法で解消してしまったのは、非常に残念ですね。特に宮崎の事件は、生まれたばかりの子どもまで殺害されている。そしてそれが、死刑判決という極刑ということになりました。実に不幸で残念な事件でした。