旧聞で恐縮ですが、沖縄県知事選で、現職の玉城デニー氏が勝ちましたね。今回の選挙は、下地幹郎候補が出馬を表明した時点で、勝負の決着はついていました。彼は当選は無理でも数万票は取れる力がある。その票の多くは、一騎打ちでしたら佐喜眞淳候補に流れるものでした。そうなると、勝つとしても僅差の勝利ということになる自公候補は勝つ見込みがなくなる。で、玉城勝利を報じるNHKのニュースを。
>沖縄県知事選 現職の玉城デニー氏 2回目の当選
2022年9月12日 5時30分
現職と新人の3人による争いとなった沖縄県知事選挙は11日投票が行われ、アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設反対などを訴えた現職の玉城デニー氏が2回目の当選を果たしました。
沖縄県知事選挙の開票結果です。
玉城デニー、無所属・現。当選。33万9767票。
佐喜真淳、無所属・新。27万4844票。
下地幹郎、無所属・新。5万3677票。
立憲民主党、共産党、れいわ新選組、社民党、地域政党の沖縄社会大衆党が推薦した現職の玉城氏が、自民・公明両党が推薦した元宜野湾市長の佐喜真氏らを抑えて2回目の当選を果たしました。
玉城氏は、沖縄県うるま市出身の62歳。
タレントとして活動したあと、沖縄市議会議員や衆議院議員を経て、4年前の沖縄県知事選挙で初当選しました。
玉城氏は選挙戦で、アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設反対や子どもの貧困対策などに取り組んだ実績を訴えました。
その結果、立憲民主党や共産党などの支持層を固めたほか、いわゆる無党派層の支持も集めました。
上の記事でも数字がありますが、あらためて、Wikipediaのこの選挙の項目から、開票結果の表を、スクリーンショットで。
ただ今回の選挙は、玉城票>佐喜真票+下地票(339,767>328,521)ですからね。 というわけで、今回は玉城の勝ちです。
また、下地に玉城票が若干かもしれませんが流れているはずだし、また下地なら入れるが、佐喜真には入れたくない人もいる。さらに、玉城、佐喜真2人への批判の意味で、下地に入れた人もいるでしょうから、そう考えると玉城と佐喜真の一騎打ちだったら、もう少し差がついたと思います。たぶんですが、1万票~2万票くらいは差が広がったのではないか。このあたりの厳密な推測は私の手に余るので、このあたりでやめておきます。
それはともかく、正直自公側も、今回本気で勝つ気だったのかあですね。佐喜真は、前回選挙で8万票以上の差をつけられて玉城に負けていますからね。それでまた出て勝つには、それなりのプラスアルファ―が必要でしょうに。そういうものがあったんですかね? あんまりないような気がするんですが。それともそれって私の誤解?確かに今回は、下地が出たとはいえ、その差を6万5千票弱に縮めているのも確かではあります。
さて2018年の選挙では、佐喜真は、公明党票の7割くらいを固めたとされますが、逆に言うと3割は玉城に入れたということになります。前回選挙での8万票の敗北の大きな原因がそこでした。ちなみに2022年の参議院選挙での沖縄県の公明党への比例代表への投票は、81,618票で、14.77%であり、これは日本でもかなり高い得票率です。こちらから、さまざまな選挙のデータを確認できます。面白いので、興味のある方はぜひどうぞ。過去では、1998年の沖縄県知事選挙で、現職の大田昌秀を新人の稲嶺惠一が破った背景には、Wikipediaから引用すれば、
>前回の知事選では大田を推薦した公明党は「大田氏を基軸とした自主投票」に転じた。
ということであり、この件は、
>そして自主投票となった公明党支持層の半分近くの支持も取り込んだ。この知事選以降、全国的にも公明党は自民党への傾斜を強めて行き、1999年の自自公連立政権成立への布石の一つになった。
ということにもつながったわけです。このように公明党がキャスティングヴォ―トを握るというのは、日本の地方議会では昔から珍しい話ではありません。そして今回の選挙も、NHKの報道によれば、公明票の7割が佐喜真票に行くにとどまったようです。すると2万何千票くらいが佐喜真→玉城となった可能性があるということですかね。とすると、公明票が9割くらい固まっていたら、一騎打ちだったら逆転していた可能性もあるかもです。その可能性は低いでしょうが、ありえなくもない。また玉城票は、30代以下では、佐喜真票に及ばないという分析もある。正直そんなに佐喜真という人が、若者にアピールするタイプの政治家とも思えないのですが、これは玉城側もいろいろ対応していかないといけない問題でしょう。個人の問題というより、沖縄でも政権与党支持者が若者に多いという問題があるので、沖縄だけの問題ではもちろんありませんが、可能な限り若者層の支持を増やさないといけません。
ところで昨今、どうも公明党の退潮が否めませんね。ではまた私の、特製の表をご覧ください。
公明党は、2003年から2005年にかけて、比例代表の得票数は絶頂にたっしたかと思われます。今年の参議院では、2004年の選挙とくらべて240万票も減らしています。これは、2004年と比較して71.7%弱でしかありません。自民党だって、ここ最近そんなに票数が多いわけでもありませんが(つまり、与党が強いというより野党が弱いと評すべきなのでしょう)、それでも公明党の一直線の下がり方は注目すべきかと思います。
共産党などは、ぶれは激しいですが、上がったり下がったりですが、公明党は特に参議院は、2007年以降一直線に下がっているといって過言でない。これは一体どういうことかと考えます。つまりは、公明党の有力支持母体である創価学会の選挙運動が、往年ほどの強さを発揮していないと考えて過言ではないのではないか。
と、いうようなことを考えていたら、なるほどねえと思う記事を見つけました。
「創価学会」団塊世代の退場で、一気に弱体化も | 宗教を問う
この記事の趣旨に副う部分を引用します。
>公明党の獲得票数は減少が続いている
しかし近年、その組織力には衰えが目立つ。今年7月の参院選で公明党が獲得した全国の比例票は618万票。昨年の衆院選から100万票近くも減った。
前述とは別の元本部職員によれば、自公協力の下、衆院選の全国比例票は自民党との「バーター」により取り込んだものが相当数含まれるという。小選挙区で自民候補に学会票を差し出すかわりに、比例区で自民票をもらうのだ。だから、参院選のほうがそのときの実力を素直に表していると見ていい。3年前の参院選で獲得したのは653万票。やはり今回はそこからも減らしている。
(中略)
学会の少子高齢化は世間一般より急速に進む。新規会員を獲得する「折伏」はまったく進まず、近年、公称世帯数(創立以来の累積数)は827万世帯からぴくりとも動かない。
今年6月の本部人事で原田稔会長の長男・星一郎氏が教学部長に就任したように、現在、「宗教官僚」たる職員から一般会員に至るまで大半は「2世・3世」だ。だが入信しない子弟もまた多い。選挙活動がまさにそうだが、学会員は私生活などない「学会漬け」を強いられる。それを見てきた子弟の多くは学会嫌いになりがちだ。
先述の元活動家によると、今から20年ほど前、地元の統監カードを調べると、3分の1は「幽霊会員」だった。もうそこには住んでいないのだ。誰もが知る有名歌手の名前もその中にはあった。
本来、学会員は転居先の組織に届け出る決まりだが、そうしない例は多い。とくに子どもが入学や就職で実家を出る際、親は転居先を連絡しないことが多いという。必ず地元組織から『聖教新聞』の勧誘が来たりするからだ。子を思う親心である。
現在、「本部」(複数の町単位からなり300世帯前後)や「支部」(100世帯前後)といった現場組織では、高校生以下の「未来部」だけでなく男子部でも部長を立てるのが難しいという。なり手がいないのだ。
一方で高齢化は容赦ない。学会員の年齢層でボリュームゾーンは1960年代までに入信した団塊世代。彼らは今や後期高齢者だ。かつて各地の会館運営は男子部員で構成する「牙城会」が担ってきたが、もはや要員確保は困難。かわりに学会は2009年、「壮年部」で構成する「王城会」を立ち上げ、「ヤング50代」と叱咤して動員に躍起だ。
当方別に創価学会の実情に詳しいわけではありませんが、私の知る限り確かに創価学会もだいぶ活動家の高齢化が進んでいるのは否めませんね。これは日本共産党も同じでしょうが、ただ共産党などと比べても創価学会はより上の記事でいう「学会漬け」が強いですからね。またこれは、島田裕巳氏などもよく指摘しているかと思いますが、創価学会の信仰の故かどうかは定かでありませんが、創価学会会員で人生においてそれ相応の成功をおさめたと思われる人物は、より創価学会の熱心な活動から離れる蓋然性も高いですからね。よく有名人の××(石原さとみとか)は創価学会の熱心な信者だなんて話がネットほかで流れますが、そして石原さとみはそうなのかもですが(詳細は知りませんが、彼女は東京創価小学校、創価中学校を経て創価高等学校を卒業しています)、成功したら信仰から離れる有名芸能人も少なくないはず。本来ならそういう人こそ熱心な創価学会の活動家になってほしいのは、創価学会としては当然ですが、実際には、むしろそういう人ほど活動から遠ざかる傾向はあるはず。
昔は、いわゆる「新興宗教」、これはやや差別的なニュアンスがあるので昨今は「新宗教」という呼び名になっているようですが、そういったところが自民党から参議院の全国区あるいはのちには比例代表などで議員を出したりしていました。たとえば生長の家は、かつて生長の家政治連合なるものを結成していて、1964年から1983年まで活動していましたが、事実上活動を停止、89年に正式に解散しています。ここからは、玉置和郎、村上正邦 、寺内弘子、小山孝雄 といった人たちが国会議員(いずれも参議院)になっていますが、生長の家からまともに支援を受けていたのは、玉置、村上ですかね。村上のWikipediaに、
>その後、教団の要請により、優生保護法改正に取り組むが、党内がまとまらず、頓挫する。この件が生長の家の政治離れを招く。
>1983年、生長の家は参議院の比例区導入、優生保護法改正の頓挫により、政治運動から手を引く。玉置和郎は早川崇の後継として衆議院に鞍替えするが、直腸癌で死去。
とありましてそういうことなのでしょうが、生長の家総裁・谷口雅春が1985年に亡くなったことも大きいはず。雅春の娘婿で後継者の谷口清超は東京帝国大学文学部心理学科卒業の学究肌の人物で、おそらくそういった政治活動に好意的ではなかったでしょうし、その息子で現総裁の谷口雅宣の時代になっては、自民党支持すらひっこめています。霊友会なども昔ほどは、政治活動に熱心でないはず。
こういった宗教団体が、政治活動をやめた、あるいは昔ほど熱心でなくなった背景はいろいろでしょうが、信者の減少とか、時代がかわり、自分たちの内部を保守するほうに熱心にならざるを得ないということもあろうかと思います。そうなると、相対的には創価学会の政治への関与が、こと宗教団体に限って言えばかなり極端に強力ということになります。が、公明党も、いかにメガ宗教団体とはいえ、やはり信者の高齢化、熱心さの長期逓減傾向はいかんともしがたい。前述したように、日本共産党なども党員の高齢化がすすんでいるでしょうが、直接的な政治団体ではない宗教団体である創価学会は、これから「宗教活動はまだしも政治活動はしたくない」という人が増えはしても減ることはないはず。創価学会の強みは、政治活動を通じて宗教活動にも一定の離反の歯止めをかけることが可能だったものあることは確かでしょうが、最近は、たとえば創価学会信者でなくても公明党に入れてくれる人も、昔と比べれば「自民党のいいなりじゃん」「いまの公明党なら自民党に入れたほうがいい」という声も大きくなっているでしょう。そして昨今話題になっているこちらの件はどうか。
>公明・山口代表、異例の8選へ 世代交代に創価学会から「待った」
小野太郎2022年9月13日 16時30分
公明党の山口那津男代表(70)が13日、党代表8期目に挑むと表明した。立候補の動きはほかになく、25日の党大会で正式に選出される見通し。代表在任13年になる山口氏は「世代交代」で退く流れだった。だが、7月参院選の結果がふるわず、支持母体の創価学会を中心に来春の統一地方選への不安が強まり、安定最優先で「山口氏頼み」となった。
山口氏は13日午前の記者会見の冒頭で、60年前の9月13日に党創立者が「大衆とともに」の立党精神につながる考えを示したことに触れ、「今日を期して、代表候補者として名乗りをあげることを決断した」と立候補の意向を表明した。ウクライナ危機などの難題に直面する政権や統一地方選を控える党のことに言及し、「私自身が先頭に立って党の力を最大限に発揮できるようにしていく必要があると考えた」と語った。
世代交代が先送りになることを問われると、「状況を注視しながら見極め、最終的に判断するのが党の人事の基本的なあり方。蓄積した百戦錬磨の経験が非常に重要だ。経験を後輩にしっかりと伝えていくにはもう少し時間が必要だ」と強調した。
山口氏は、2009年衆院選で当時の太田昭宏代表が落選したのに伴い代表に就任した。民主党に政権交代した選挙で公明議員の多くが落選し、参院議員の山口氏に白羽の矢が立った。
山口氏は、以前は次の代表はないという話でしたが、記事にもあるように、このままでは次(来年)の統一地方選挙が厳しい、山口氏の力が必要だということなのでしょう。山口氏が優秀な人間であることを認めるのは私もやぶさかでありませんが、といってポスト山口を育てきれないのではやはりまずい。ということは、やっぱり創価学会も「このままではいけない」という危機感があるし、それをどうにかする処方箋があるわけでもないということでしょう。ポスト山口がこのような状況をどう打破できるのかということもあるし、また維新などがこれからも伸びてくればさらに公明の票を食う可能性もある。私は、維新よりは公明党の方がましだと考えていますが、でもどっちも現段階投票する気はしないしなあ(苦笑)。
まあでも自民党にくっついている限り、公明党の熱心な支持者以外は、公明党にさほどの存在意義を認めるにはいたらないだろうし、いまさら自民党から離れるわけにもいかないし(自民党から縁を切られるということもありえます)、あんまり公明党に明るい未来があるとは私には思えません。本日9月25日山口氏が引き続いて代表を務めることが正式に決定されますが、相当な前途多難でしょう。