映画『M★A★S★H マッシュ』で、朝鮮戦争に従軍している主人公(軍医)らが、休暇で小倉に行くシーンがあります。ここでまた騒動があるわけですが、私が何を言いたいかというと、つまり小倉(日本)は、国連軍(米軍)にとっての憩いの場であるし、兵站基地であり、さらには、北朝鮮を攻撃するための基地であったということです。日本を軍事基地にすることによって、米軍は、戦争を遂行できたといって過言でない。しかしおそらく多くの日本人は、それらについて不十分な知識しかないはず。そして、横田基地と嘉手納基地からB-29爆撃機が出撃、北朝鮮全土に爆弾を落としたわけです。
私もその程度の知識はありましたが、しかし詳細なことは知りませんでした。関東学院大学教授である林博史氏(来年3月で定年とのこと。あとがきに記されています)が今年お出しになったこちらの本は、なかなかすごい本ですね。
こちらは、出版元のHPより。
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朝鮮戦争は1950年6月25日、北朝鮮軍が北緯38度線を越えて韓国に侵攻して、1953年7月27日に停戦協定が締結されるまで3年1カ月にわたって行われた戦争です。
今年の7月23日は、朝鮮戦争の停戦協定が結ばれて70周年になります。しかし、70年が経った今も平和条約は締結されておらず戦争状態は依然として続いています。
朝鮮戦争について、著者は以下のように評価しています。
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朝鮮戦争は日本にきわめて大きな影響を与えた。警察予備隊から保安隊─自衛隊という再軍備がおこなわれ、憲法九条が政治の争点となる。米国は日本を冷戦のために経済的に利用するにとどまらずその軍事的役割を求めるようになる。日本の支配層の平和憲法や戦後民主主義への敵視と米国の冷戦政策が合わさって逆コースが進められ戦後の非軍事化・民主化の改革が突き崩されていった。戦争責任や植民地責任をあいまいにしながら米軍基地を受け入れるサンフランシスコ平和条約と日米安保条約が結ばれ、米軍基地が独立回復後も維持されることになった。日本にいる朝鮮人を敵視し差別する政策が積極的に取られ制度化されたのもこの戦争中だった。
米国は、朝鮮戦争前は韓国や日本本土に米軍基地を置く構想はなかったので朝鮮戦争がなかったならば、日米安保条約があったかどうかも疑問であるし朝鮮半島の状況はまったく違ったものになっていただろう。ただし沖縄は米軍の軍事支配下に置かれ続けられただろうが、朝鮮戦争があったことによってその軍事負担は強められたと言えるだろう。
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本書は、著者の上記のような問題意識のもとで、日本(特に首都東京)と沖縄の基地からB29が北朝鮮に対して無差別爆撃をおこなった実態を米空軍資料から明らかにし、日本が朝鮮戦争に深く関わっていること、特に非人道的な爆撃の出撃基地であったことを日本社会の共通認識とし、朝鮮半島の平和実現のためへの日本の貢献について考える素材を提供することを目的として執筆されました。
著者は「朝鮮戦争を終わらせ平和を実現することは戦後の日本のあり方を大きく変える可能性を秘めている」「戦争を放棄したはずの戦後日本が加害意識の欠落に無自覚であり続けていること、朝鮮戦争をはじめ米国がおこなう非人道的な戦争行為に加担し続けていること、それどころか侵略戦争や植民地支配を正当化しようとする流れが日本の主流になってしまっている現状を深刻に反省し克服しなければならない」と提言しています。
個人的には、
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米国は、朝鮮戦争前は韓国や日本本土に米軍基地を置く構想はなかったので朝鮮戦争がなかったならば、日米安保条約があったかどうかも疑問であるし朝鮮半島の状況はまったく違ったものになっていただろう。ただし沖縄は米軍の軍事支配下に置かれ続けられただろうが、朝鮮戦争があったことによってその軍事負担は強められたと言えるだろう。
というのは、「なるほどねえ」です。私は昔から、米軍が韓国建国後早急に韓国を去ったのはなぜかとかいろいろ考えたのですが、金日成は、韓国から米軍が撤退したから韓国に攻め込みたいとスターリンと毛沢東に進言したわけだし、朝鮮戦争がなければ、沖縄を除く日本本土に米軍基地がなかった可能性がある・・・となると、これは非常に重大なことになりますね。そしてベトナム戦争に、米国があそこまで大々的に介入したのも、やはり朝鮮戦争に参戦したが故でしょうね。1954年のジュネーヴ協定において、米国が署名せず、1956年に予定されていた南北ベトナム統一選挙を反故にしたなどというめちゃくちゃなことをしたのも、朝鮮戦争の影響やトラウマがまったくなかったというものでもないでしょう。
さてさてそう考えると、前にも記事にしたように、日本政府は、朝鮮戦争の終戦に消極的な態度を取っています。
そもそも日本政府がそんな意見を言える立場なのか疑問だし、日本がその件でどのような努力をしているのかきわめて疑わしい(朝鮮戦争の終戦宣言)拙記事で引用した記事を再度お見せしますと、
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日米韓3カ国が先月ワシントンで開いた岸田政権発足後初の高官協議で、北朝鮮との信頼醸成措置として休戦状態の朝鮮戦争(1950~53年)の終戦宣言を望む韓国に対し、日本が「時期尚早」として難色を示したことが5日分かった。複数の外交筋が明らかにした。米国は態度を留保し、3カ国の温度差が浮き彫りとなった。
韓国の文在寅大統領が9月に国連総会の一般討論演説で終戦宣言を提案後、日本の立場が明らかになったのは初めて。北朝鮮がミサイル実験を繰り返し、核兵器開発と日本人拉致問題で解決への道筋が見えない中、岸田政権は融和ムードだけが拡大することを警戒した。
というわけです(元記事は、共同通信のもの)。
現在の韓国は、対北朝鮮強硬派の尹錫悦大統領ですのでまた状況は違いますが、それはともかく。日本政府は、ではそのような事態を打開するために何をしているのかといえば、何もしてはいないじゃないですか。それでそんな態度なのは、おこがましいにもほどがないか。ところで拙記事の中で私は、
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そもそも論として、朝鮮戦争の終戦宣言という問題について、日本政府はそれになんらかの意見を言える立場なんですかね。日本は、直接朝鮮戦争には参戦していないでしょう。
と指摘しましたが、林氏は、これは、朝日新聞の記事
日本に無差別爆撃の出撃基地だった自覚はあるか 朝鮮戦争休戦70年
から引用させていただきますと、
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日本は戦闘部隊こそ送り込みませんでしたが、掃海部隊を派遣しました。企業が、兵器や軍需物資の生産・修理を行いました。日本人が輸送や看護などに動員され、在日米軍基地では日本人従業員も働いていました。日本は、実質的に朝鮮戦争に参戦したと言っていいでしょう。
としています。
林氏は実質を問題とし、私は形式を議論しているので、私と林氏とでこれといって意見が違うというわけでもないのですが、ただそう考えると日本政府の態度のひどさ、デタラメさは目にあまりますね。日本政府は、もちろん公式の態度としては、自分たちが朝鮮戦争に参戦したということは絶対否定(形式的にはもちろん、実質的にも国連軍の基地利用に関しては「それは国連軍の問題だ」というものでしょう)するし、しかし朝鮮戦争の終戦問題という現在進行形の問題では、
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「時期尚早」として難色
と当事者ぶっているわけです。これでは、無責任な「いいとこどり」でしかないでしょう。上でも指摘したように、そもそも「時期尚早」を打開するために、日本は何かしたのか。してはいないでしょう。過去は問わないとしても、2021年のこの記事から今日にいたるまでそうです。
ところで私も最近までこんなことには無知だったのですが、実は朝鮮半島における国連軍の本部というのは、横田基地にあるのです。Wikipedia国連軍 (朝鮮半島)より。注釈の番号は削除。
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結成当時アメリカやイギリスなどの連合国軍の占領下にあった日本はこの国連軍に参加してはいないが、設置時の司令部は、当時日本の占領を指揮していた連合国軍最高司令官総司令部の本拠地があった東京にあり、1951年に吉田・アチソン交換公文が交わされ、占領を脱した後の1954年に「日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定」(国連軍地位協定)が締結されたことに基づき、国内に国連軍施設が設置されている。1957年に司令部が韓国に移転した後も、後方司令部がキャンプ座間に置かれ、これは2007年に横田基地に移転している。2018年1月16日に北朝鮮情勢を受けてアメリカが朝鮮戦争当時の国連軍派遣国に呼びかけてカナダで開催された外相会合でも日本は関係国として招待されて出席している。
だそうです。これまたおいおいですね。これでは、そのような戦争は今日まで起きていないし(だから北朝鮮=朝鮮民主主義人民共和国は、今日まで国家として存続しているのです)、現在そのような戦争が起きる可能性は高くありませんが、「第二次朝鮮戦争」が起きた際、日本も「無関係」ではすまなくなる。bogus-simotukareさんは、
新刊紹介:「歴史評論」2023年8月号(副題:朝鮮戦争停戦から70年)
という記事の中で、
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なお、「今思いついたこと」ですがそもそも日本政府がそんな意見を言える立場なのか疑問だし、日本がその件でどのような努力をしているのかきわめて疑わしい(朝鮮戦争の終戦宣言) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)については「岸田政権」としては「横田基地が国連軍後方司令部であること(在日米軍=国連軍は完全なフィクションですが)」で「口をはさむ余地がある」と考えているのかもしれません。
と拙記事をご紹介の上指摘されています。私も、それはおそらく、日本政府の態度のバックボーンになっているのだろうなと思います。そして現在「国連軍」が、日本の米軍基地を利用している実態がある。これでは日本は、米国と韓国の次のレベルの、国連軍当事国ではないか。しかし日本は国連軍に参加していないという建前があるわけであり、この点でもbogus-simotukareさんは、上でご紹介した記事の中で
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朝鮮有事(第二次朝鮮戦争)の際はこうしたフィクションが「戦争協力」として具体化する危険性には注意する必要があるだろう。日本を朝鮮有事に巻き込まないためにも「国連軍地位協定の廃棄」「朝鮮戦争の正式終戦」「日米安保の廃棄」が求められると小生は思います。
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こうした状況下において日本が「NATO・東京事務所設置(国連軍地位協定加盟国の内、米英仏伊カナダがNATO加盟国)」に動くことはリスキーすぎると小生は考えますね。
とさらにご指摘になっています。幸い現状「第二次朝鮮戦争」が勃発する可能性は高いとは思えませんが、もし起きたら日本も相当えらいことになるのは避けられないでしょう。そしてそれは、隣国で戦争が起きたから大変だというだけでなく、日本の戦争協力という側面でもこれまたとんでもないことになりかねない。ことによったらものすごく積極的に加担する可能性がある。いかに日本を朝鮮有事に巻き込まないかということもいろいろ考えないといけません。それを考えるヒントとして、林氏の本は必読文献だと思います。ぜひ読者の皆さまもどうぞ。
なお本日の記事は、「北朝鮮・拉致問題」のカテゴリーにしようと最初思ったのですが、北朝鮮というより朝鮮戦争の関係の本ということをかんがみ、「書評ほか書籍関係」にしました。またこの記事を執筆するにいたって、bogus-simotuakreさんの上でご紹介した記事を参考にしました。いつものことながら感謝を申し上げます。