過日ネットを見ていて、面白く感じた記事を。
2015年4月11日
特撮テレビ番組「ウルトラセブン」でヒロインのアンヌ隊員を演じた女優のひし美ゆり子(67)が11日、兵庫・神戸市内で行われた市民講座「灘大学」のトーククイベント「アンヌ隊員 神戸を語る」に出演し、“幻のアンヌ隊員”と再会した。
ひし美が約48年ぶりに再会したのは、元女優の豊浦美子さん(71)。実は当初、豊浦さんがアンヌ隊員を演じる予定だったが、映画「クレージーの怪盗ジバコ」(67年)への出演が急きょ決定し、降板。ひし美が代役としてアンヌ隊員役に抜擢された。
豊浦さんが西宮市在住だったことから、ひし美が「ぜひお会いしたい」と呼びかけ、2人のアンヌ隊員の共演が実現した。
東宝所属女優の先輩だった豊浦さんに会ったひし美は「全然変わってなくて“ワーッ”って言っちゃいました」と喜んだ。豊浦さんとは「-セブン」以前にCMで共演した仲。「豊浦さんがいなければ今のわたしはいません。運命を変えた人です」と改めて感謝の気持ちを伝えた。
この日は約120人のファンが集まりトークは大盛り上がり。豊浦さんは「『ウルトラセブン』は長く愛されて、今でもこうやってファンの方が集ってくださるでしょ。“こっちに出てれば”って思うことはありますね」と運命のいたずらを笑った。「ウルトラマン」は高視聴率を記録していたが、やはり「子供のドラマ」という印象があり、迷わず映画出演を選んだという。
豊浦さんに合わせて作った「ウルトラ警備隊」のユニホームをひし美が着たため、よりボディーラインが強調されたという伝説について、ひし美は「久しぶりにお会いして、やっぱり小柄な方だったんですよね」とサイズの違いも再確認。豊浦さんは「入らなかったのは胸だけで、ウエストはブカブカだったらしいですよ」と笑わせた。
記事にあった写真です。襟巻をしている方が豊浦さんです。念のため。
しかしひし美アンヌは美人ですね。
Wikipediaの「豊浦美子」の記事に、次のように記載されています。
>1967年に円谷プロの『ウルトラセブン』のアンヌ隊員役として出演が決まり撮影にも入っていたが、急遽、映画『クレージーの怪盗ジバコ』のヒロイン役として、同作品監督の坪島孝の指名によって出演することとなり、当時の風潮として“本篇”と呼ばれていた映画への出演を優先し降板した。なお、アンヌ隊員役は東宝の一期後輩である菱見百合子が務めることとなった。
当時の状況としては、上の引用記事、Wikipedia記事にもありますように、豊浦さんに「ウルトラセブン」の方をやりたいという選択肢はなかったと思うし、またセブンの方をしたいとしてもそうと要求することは出来ない相談でしょうが、しかしひし美ゆり子のアンヌ隊員役が今日にいたるまで伝説的な役柄として語り継がれるというのはさすがに心境複雑なところはあるでしょうね。現在豊浦さんは芸能界を去っているし、ひし美は今日にいたるまで芸能活動をしている。この違いの大きな原因の一つが、アンヌ役のためだといっても言いすぎでないはず。
どちらが良かったかはわかりません。あるいは、芸能界を去った豊浦さんのほうが幸せかもしれない。それは人間、2つの人生を歩めないのだから誰にもわかりません。「ウルトラセブン」という作品については、やはりひし美アンヌで良かったという意見が多いみたいですが、もちろん豊浦さんが出演していれば、また違った魅力はあったでしょう。そうすれば、あるいは豊浦さんが、伝説的なキャストになった可能性はある。何がいいかはわかりませんが(「ライアンの娘」での、トレヴァー・ハワードの台詞)、こういうのもある意味運命なんでしょうね。このブログでも、あの映画にあの俳優が出ていればどうなったろうかという記事を数記事書いています。ひし美ゆり子は、こういうことを書いては豊浦さんに大変失礼ですが、この役を射止めたために永遠のヒロインになれました。この作品に出られなければ、たぶん彼女は「その他大勢」の誰かで終わった可能性も高い。映画の声がかかったとき、豊浦さんは自分にとっての大きなチャンスと考えてそちらへ行きましたが、その選択が彼女の人生にここまで大きな影響をもたらすとは考えていなかったでしょう。いろいろ考えさせられます。
なお、ひし美ゆり子さんのブログで、この日の模様がアップされていましたので、興味のある方はお読みください。「お!」と思ういい写真もあります。彼女は今日いろいろなイベントに積極的に顔を出されているので、私も1回くらいお目にかかりたいと考えています。