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Channel: ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
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アジア周遊紀行(2013・夏)(17)

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さらに歩きます。こういうところに(店の?)子どもと犬と干してあるものが同居しているのがアジアっぽいといえばアジアっぽいかな。奥の冷蔵庫に注目。やっぱりペプシのロゴがあります。

ここはわりと高級・・・なんですかね。

この犬には激しく吠えられてしまいました。南国の割には元気のいい犬です。おもわず私もける真似をして対抗しました。

あ、何かの施設があります。

英国大使館ですね。上の紋章はフランス語ですね。実は英国の国章はフランス語表記なのです。それにしても英国のような国の大使館が、上の写真や前回の記事のような、それなりに庶民がたむろしているエリアにあるというのも、いろいろ興味深いですね。ここがラオスの官庁街なのは事実ですから、つまりは官庁街がそんなに隔絶していないということなんですかね。

廃屋だったんですかね。ずいぶん大きな建物です。

ノーンボーン通りにぶつかります。左折して北上します。ね、英国大使館のすぐ近くに鶏がたむろっているでしょう。ヴィエンチャンてのはこういう街なんですよ。

本来ならトゥクトゥクでいくべきなのでしょうが、ひたすら歩きます。

途中、何らかの市らしきものがありました。

花も売っていますが―

この城のクマのぬいぐるみをたくさんの店が大量に売っていました。どういう事情かは不明です。売っているということは買う人がいるということかもしれませんが、ヴィエンチャンというかラオスって、これが(少なくともこの写真を撮った時は)はやっていたんですかね。

後片付けをしている人もいました。でもそこの子どもたち、小学校に行く年齢じゃないの。学校に行かなくていいんかよ。

もうしばらく歩くと外国人が花らしきものを買っていました。地元在住かな。

さらにひたすら歩きます。

 

こういう服装の人を見ると、ひどく場違いなものを感じる私。

 だんだん郊外(ったって、ほんと凱旋門から2キロくらいしか離れていませんが)っぽくなってきました。私の次の目的地はどこ? (つづく)


時代が変わると、いろいろなことが成り立ちにくくなる

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最近私は、「ドラえもん」とか「サザエさん」もアニメも映画もマンガも見ていないので、最近のものには詳しくないのですが、しかしこの2作で次のようなネタがあったと思います。すなわち

のび太のママ(あるいはサザエさん)が、パパ(あるいはマスオさん)に手紙を出しておいてくれと頼む、しかしパパ(マスオさん)はそれを忘れてしまう…。

だいたい夫が奥さんに頼むのでなく、奥さんが夫に手紙を出してくれと頼むというパターンですね。これは、そうしたほうが話が面白いという側面のほかに、基本的に奥さんのほうが専業主婦であり、外出する機会が夫のほうが多いということが話の前提である、ということもあります。奥さんがパートあるいは正式に共働きをしていれば、夫に手紙を出すことを依頼するという理由は激減しますから。

その辺はともかくとして、私が気になったのは、奥さんが手紙を出す、という行為そのものです。

いまの時代、手紙を出すっていうこと自体激減しましたよね。

いま私たちが郵便を出すという機会は、年始や季節のあいさつ(年賀状とか)、ある程度格式ばった通知、正式な通知、そうでなければ不要不急の話(絵葉書なんてのもそうかもしれません)が多く、たいていことはメールで済みますよね。電話は昔からありましたが、基本的に音声だけの連絡では誤解や勘違いも多く、いろいろ不都合がありますから手紙も利用価値が高かったわけですが、メールがあればとりあえず書面として残りますし、通信の迅速性、確実性もはるかに高いですから、手紙よりずっといいのは当然でしょう。メールだけではよくない正式なものに手紙(郵便)を使えばじゅうぶんだということです。

「ドラえもん」はまだしもアニメ版「サザエさん」については、かつて東芝の1社提供だったせいもあり、電気製品は新しいものが出るといわれていましたが、なかなかねえ、設定が昔の時代だから、現代とはいろいろ実態にそぐわないところもありますよね。2つのマンガに登場する少年たちがその多くが半ズボン(ガキ大将は長ズボンというのは藤子マンガのお約束)というのも時代ですよね。いまどき、あのようなタイプの半ズボンをはく少年というのは見かけません。これは私がネタにしているNHK女子アナのスカートの話みたいなものか。

スカートの話はともかくとして、手紙の出し忘れネタは、ちょっと時代にそぐわないものといって問題ないでしょうね。時代とか価値観が変わると社会の当然の前提であることもいろいろ変わります。なかなか興味深いことです。特に「ドラえもん」については、本来未来から来たロボットが主人公のマンガが、まさに時代のノスタルジーの様相が色濃くなるのも皮肉というものでしょう。

これからも、私なりにいろいろなことを書きとめていき体と思います。

「俺たちに明日はない」の、ちょっとしたエピソード

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最近の米国映画は、フロントクレジットもあまりなく、エンドクレジットですべてまとめるという傾向にあるようですね。以前はフロントクレジットでだいたいのキャスト、スタッフを紹介して、エンドクレジットはなしかキャスト紹介、というのがパターンでしたが、これがフロントクレジットは主要キャスト、主要スタッフのみ紹介し、エンドクレジットにまとめる(そしてキャストも台詞のある人はみんな出し、さまざまなスタッフの名前も最大限出す)となり、最近はフロントクレジットでの主要キャスト、スタッフの紹介もエンドクレジットにまとめる映画が増えました。なぜそのようになったのか理由を私は知りませんが、あるいはフロントに出す人の選別の問題かもしれませんね。

そのへんの事実関係はともかく、クレジットタイトルについてはちょっと調査しようかと考えていることがあります。調査したらまた記事を書きます。

くだくだしく書きましたが、これは前ぶれで、今日書きたいことは映画「俺たちに明日はない」でのちょっとしたエピソードです。この間の「レイジング・ブル」の記事で書いた

>こちらについても、こんどトリヴィアをお伝えしますのでお楽しみに

の話です。つまりクレジットタイトルに名前が出てこないとある女性の話です。もっともこの映画は、ごく少数の出演者しかクレジットには名前が出ません。

「俺たちに明日はない」で、ボニー・パーカー(いまさら説明の要はないでしょうが、フェイ・ダナウェイが演じました)が、母親その他の身内と会うシーンがあります。

ここでボニーの母親を演じている人が、メイベル・キャヴィット(Mabel Cavitt)という女性です。彼女の出演には、こんなエピソードがあります。

このシーンは、テキサス州のレッドオークという街で撮影されました。その時撮影現場を見物していた一人の女性に、この映画のスタッフが気づき、映画に出演することを依頼しました。彼女は地元の学校の教員でした。これがメイベル・キャヴィットだったのです。

正直ボニー・パーカーの母親にしては少々歳がいっているような気がしますが、スタッフたちの注意を引いたというのは、やはり独特の雰囲気を感じたのでしょう。

こちらがキャヴィット家の墓で、メイベルは、ちょうど88歳でお亡くなりになったのですかね。まさに、25年前の本日11月26日です。こちらのサイト(上の3枚の写真も、こちらからのものです)によると、彼女に着目したのは監督のアーサー・ペンだったそうで、メイベルの疲れ切った容姿が、まさにボニー・パーカーの母親をほうふつとさせたということのようですね。1日100ドルのギャラをもらって、2日間の撮影で225ドルを彼女は受け取ったとか。当時(1966年撮影)としては悪くない小遣い稼ぎだったでしょう。10月の撮影だったとのことですので、彼女は、66歳の誕生日を迎える前だったということですね。

ついでながら、同じサイトには、C.W.モス(マイケル・J ・ポラード)の父親を演じて、最後にボニーとクライドを売り渡すダブ・テイラーに、「なんでそんなことをしたんだ」とその行動を非難する手紙が来たとも書かれています。C.W.モスは架空のキャラクターで、実際の犯罪者たちをあわせた人物です。俳優も、自分の役柄まで非難されては大変です。

なお、この映画の日本語版では、ウォーレン・ビーティ(すいません、「ベイティ」はどうしても嫌なので、この表記にします)の声を野沢那智が担当しています。やはり野沢さんのビーティの声はいいですね。ダナウェイはおなじみ平井道子です。現在発売されているソフトでも聞けますので、興味のある方はぜひ。

ウォーレン・ビーティは、私にとって永遠の憧れの存在なんです。彼についてもまた記事を書きます。

なお、上の記事を書くにあたっては、「俺たちに明日はない」英語版Wikipediaも参照しました。これからも、映画についてのちょっとしたトリヴィアを書いていきますので、乞うご期待。

映画の出演者が「あの人だったら・・・」と想像するのは、最高の楽しみかも(2)

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前に

映画の出演者が「あの人だったら・・・」と想像するのは、最高の楽しみかも

という記事を書きました。今日は、またそのネタを。

昨日の記事で、「俺たちに明日はない」の出演者のエピソードを記しました。今回は、この映画の出演をオファーされた人たちをまずは紹介しましょう。

実は、ウォーレン・ビーティはプロデュースに徹する予定だったので、ボニー・パーカー役は姉のシャーリー・マクレーンにしたかったのですが、ビーティ自身がクライド・バローを演じることとなり、そうなると姉のマクレーンを起用するわけにもいきませんから、様々な女優がリストアップされました。まずジェーン・フォンダチューズデイ・ウェルドアン=マーグレット、キャロル・リンレイスー・リオンシェール、ビーティと「草原の輝き」で共演したナタリー・ウッドもリストアップされました。正直言って、今となってはフェイ・ダナウェイ以外のボニー・パーカーなんて想像できないという気すら個人的にはしますが、わりといろんな女優たちが候補になったのだと思います。スー・リオンやシェールはさすがにその柄じゃないだろという気がします。あと、ジーン・ヘイルという女優も候補でした。彼女は、ダブニー・コールマンの元奥さんです。

なお、ビーティ自身は、クライド役にボブ・ディランを起用したいという意向があったとのこと。ディランのクライド・バローなんてものすごくよさそうですが、でもビーティにはかなわなかったでしょうね、きっと。

また、デンヴァー・パイルが演じたハマーでなくヘイマー(映画を見た人なら、このネタはわかるよね)は、はじめモーガン・ウッドワードが決まっていました。しかし、「暴力脱獄」とかちあったので、これがデンヴァー・パイルに回ったというわけです。「暴力脱獄」のこの人を演じた俳優です。

サングラスの怖い看守長です。

さて、その「暴力脱獄」ですが、実は主演のポール・ニューマンの役は、はじめジャック・レモンに依頼があったのです。しかしシナリオを読んだレモンが、これは自分よりニューマンのほうが向いていると判断したので、自らはプロデュースに専念しました。この映画を製作している「ジャマル・プロダクション」というのは、レモンが社長の会社で、この映画のプロデューサーであるゴードン・キャロルはこの会社の副代表とのこと。そして、前に記事にした「幸せはパリで」は、同じ会社の制作で、プロデューサーも同じ、監督も同じステュアート・ローゼンバーグです(笑)。

だから私は、この映画は、レモン主演の映画が最初に企画され、その相手役にカトリーヌ・ドヌーヴが抜てきされたのではと推測しています。当時の2人の映画界での立場を考えれば、ドヌーブの企画が先にあったと考えるより、レモンの企画があったと考えるのが自然でしょう。ただし、もちろんドヌーヴの企画にレモンがのっかったという可能性もありますので、今後情報を仕入れたらこのブログでまた報告します。

話が飛びました。もともとのシナリオは、主人公としてレモンのほかにジョージ・ケネディの役にテリー・サヴァラスも意識していたとのこと(IMDbでの情報。英語版Wikipediaによるとニューマンの役)。また、ニューマンの母親を演じたジョー・ヴァン・フリート(「エデンの東」で、ジェームズ・ディーンの母親を演じた人。ディーンの双子の兄弟を演じたリチャード・ダヴァロスも囚人役で出演しています)の役は、ベティ・デイヴィスにオファーされていました。

で、この「暴力脱獄」が作品的にも興行的にも大成功したのでニューマンはレモンに強く感謝し、「明日に向って撃て!」のサンダンス役にレモンを招こうとしたのですが、レモンが乗馬が苦手とのことでこれは破談になりました。そもそもは、スティーヴ・マックイーンがニューマンの相手役だったのですが(ニューマンと共同で脚本の権利を買ったのです。マックイーンは、ブッチの役)、これもマックイーンが企画から離れ、ほかにもウォーレン・ビーティやマーロン・ブランドも候補だったのですが、最終的にまだ知名度の高くなかったロバート・レッドフォードが役を得ました。

それで、監督のジョージ・ロイ・ヒルとニューマン、レッドフォードのトリオで制作された「スティング」のレッドフォードの役は、ジャック・ニコルソンも候補でした。ジョニー・フッカーは、ニコルソンはちょっと違うんじゃねーのと感じますが、でもニコルソンがフッカーをやる可能性もあったわけです。ウォーレン・ビーティも候補でした。ってことは、ヒルかニューマンが、ビーティにこだわっていたのかもしれませんね。また、ロバート・ショーの演じたドイル・ロネガンは、リチャード・ブーンオリヴァー・リードスティーヴン・ボイドもリストアップされていました。ボイドは、「ベン・ハー」で、チャールトン・ヘストンのライバルを演じた俳優です。

ほかにもいろいろ書きたいネタはたくさんありますが、これは(3)でまたご紹介したいと思います。なお、この記事を書くにあたって、英語版WikipediaとIMDbを参考にしました。

拉致問題を特定機密に指定すれば、たぶん「家族会」「救う会」「拉致議連」がダメージをうける

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過日ちょっとコメント欄で指摘したことをあらためて記事に書きます。なお、最初に断っておきますが、私は「特定秘密保護法」には反対です。

特定秘密保護法で、拉致問題も特定機密にふくまれるという認識を、自民党および政府は示しています。以下引用を。

自民、「拉致問題」も特定秘密に
ホームページで例示、関係者から懸念も

 自民党はホームページ(HP)で、7日審議入りした特定秘密保護法案に関する特集を組み、漏えいを禁じる「特定秘密」として北朝鮮による核・ミサイル・拉致問題に関するやりとりやテロ情報を収集するための情報源などを例示した。関係者からは「外国から情報を得るためには必要」とする声の一方、「拉致被害者の家族らが関連情報を得ることもできなくなる恐れがある」との懸念も聞かれた。

 拉致問題を特定秘密とすることについて、拉致被害者の救出活動に取り組む「救う会全国協議会」の西岡力会長は「こうした法律がないために外国から北朝鮮に関する情報を得られないケースもある。情報をオープンにすれば北朝鮮国内にいる情報源の安全が脅かされることも考えられる」とした。

 「秘密保護法に反対する新潟の会」の斎藤裕弁護士は「拉致担当大臣が交渉の状況を被害者家族に説明することさえできなくなる可能性がある」と指摘。「今回例示されたものは全体の一部にすぎない。さらに多くの事項が秘密とされる」と懸念を示した。

 自民党が特定秘密の具体例として挙げたのはほかに、潜水艦のプロペラの材質や形状▽誘導弾の性能▽領域保全に関する外交交渉の対処方針▽外国がミサイルを発射した場合の措置▽重要施設の警備の実施計画▽外国情報機関から提供を受けた国際テロ組織関係者の動向―など。

【政治・行政】
2013/11/07 22:47

「拉致」も特定秘密 政府が答弁書で例示

2013.11.22 17:12

 政府は22日の閣議で、特定秘密保護法案で、特定秘密に指定される「特定有害活動」の具体例として、「外国の工作機関が日本人の拉致を行う活動」を例示する答弁書を決定した。北朝鮮による拉致事件を念頭に置いたものとみられる。山本太郎参院議員(無所属)の質問主意書に答えた。


で、これを考えてみると、おそらく法律が制定されるとなると、たぶん拉致問題の関係でダメージを受けるのが「家族会」「救う会」(=「巣食う会」)「拉致議連」でしょうね。他はともかく、少なくとも北朝鮮との対話、あるいは関係改善を求める勢力にはさほど関係はないと思います。

ていいますか、この件で拉致問題を特定秘密に指定するということは、事実上「家族会」「救う会」「拉致議連」などの拉致問題をテコにして対北朝鮮強硬姿勢をとろうとする勢力を黙らせることが目的でしょう。それ以外に理由がない。北朝鮮との対話を求める側は、すでに拉致問題は過去のこと、あるいは国交樹立と並行して問題を論じていけばいいというスタンスです。である以上、拉致問題を特定秘密に指定すれば、たぶん「家族会」「救う会」「拉致議連」などが痛手をこうむります。

さて、上の記事で西岡力は

>こうした法律がないために外国から北朝鮮に関する情報を得られないケースもある。情報をオープンにすれば北朝鮮国内にいる情報源の安全が脅かされることも考えられる

と語っています。つまりスタンスとしては、あからさまな反対はしていないわけです。しかし荒木和博は…。

> 前にも書いたように拉致問題が解決していない理由の一つにわが国防諜体制の欠陥が関わっていることは間違いありません。その意味で、私は政府の秘密を保護する法案もスパイを防止する法案も(それが国民の権利の一部制限を伴うものだとしても)必要だと考えます。今回の法案に反対している人たちの中で、工作員の活動や情報の漏洩が従前通り続けられるべきだと考えて反対する人もいるようですが、そのような勢力とは全く立場が異なります。「国民を守るためにスパイは絶対に排除する」という方針は法律以前の問題として必要不可欠です

としたうえで、

>そういう問題には頬被りしておいて、政府の秘密を守ると言っても国民の信頼を得ることは難しいでしょう。まだ参議院の審議が残っています。政府は本気ならばその覚悟を示す責任があることは明らかですし、野党もその点はしっかりと追求してもらいたいものです。そして何より、賛否どちらであれわれわれ国民自身がこの問題をしっかり考える必要があることは言うまでもありません。

書いています。そういう問題とは、連中の主張する

>山本美保さんと山形の身元不明遺体

などのことです。

非常にスタンスがあいまいですね。法律に反対するのなら反対、賛成なら賛成でしょう。つまり荒木は、自分たちの活動に支障が出ることを懸念しているわけです。

荒木の反対論は、しょせん「ほかに適用するのならいいが、自分たちには適用されたくない」というレベルの主張にすぎませんが、つまりは荒木は、この法律が制定されたら、自分たちの活動が完全にターゲットになりかねない(たぶんなる)と予想しているのです。で、私もたぶんそうなる可能性が高いと思います。少なくとも、拉致問題を特定秘密に指定するということは、そういうことです。

それにしても荒木は、昨年12月17日付の記事

>自民党が圧勝したので、あえて申し上げたいのですが、拉致問題をこれまで何十年にもわたって放置してきたのは自民党政権です。金丸訪朝団も、北朝鮮への大規模コメ支援も、飯倉公館事件も山本美保さんに関わるDNAデータ偽造事件も皆自民党政権時代のことです。救出運動をやってきた人(認定未認定を問わずご家族も)は今回政権交代に期待している人も多く、私自身もがんばってもらいたいとは思うのですが、根本的な問題から眼を逸らしては元の木阿弥になりかねません。

 本当の闘いはこれからです。何十年も続いてきた拉致問題隠蔽の構造を今回の政権交代で根本的に建て直してもらいたいと切に希望します。もちろん人任せにするのではなく、こちらが主体的に努力することがその前提であることは言うまでもありませんが

と書いていましたが、実質は安倍からかなり露骨に厄介払いされかねない、というレベルの事態になりました。なんとまはやです。つまりは、連中のやっていることがあまりにひどすぎて、安倍晋三だろうが自民党だろうがもう相手にしきれない、という次元の話でしょうし、それはごもっともですが、今後どういう風に話が進むのか、私なりに見守っていきます。

この記事を書くにあたって、bogus-simotukareさんの記事を参考にしました。感謝を申し上げます。

海外旅行でいくら金をつかったか計算してみた

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今年はまだ1ヶ月強ありますが、私が海外への旅でいくら金を使ったかというのをちょっと計算してみました。最終的な費用は、12月が終わらないと確定しないとして、とりあえず現段階で算出しようと思ったわけです。

で、一応目安として、年末年始の旅行を新年側の費用に算出するとし、旅行費用の定義は、航空券代(船の券の場合もあり)と現地費用(宿泊代、土産代、現地交通費ほか)に限るとしました。旅行保険や旅行の準備のための買い物、(日本の)空港までの交通費、前泊のための宿泊代(そういうことをするときもあります)などは除きました。ただし、参考までに、これらの費用もふくんだものも一応算出はしました。

そして、今年の旅は、すべて海外への旅で、国内旅行はありません。それで私は4回海外を旅しています。年末年始のベネルックス紀行、2月、7月の韓国紀行、8月〜9月のアジア紀行です。

そして航空券と現地滞在費用の金額は、620,000円弱でした。他も入れると当然+αになります。実は、高価なお茶を購入したので、それを除けば60万円を切ります。

どうでしょうか、多額の金を使っているといえば使っていますが、かといってそんなにべらぼうな金額ではない、と私は思います。

実際には、私は自家用車も持っていないし(運転免許は持っています)、趣味は他に映画がありますが、これも映画館の会員割引や割引日での鑑賞、チケットショップなどでのチケット購入をしていますので、たくさん見に行っているわりにはそんなに金を使っているわけではありません。ネット閲覧などは、プロバイダ代その他しかかかりません。だから、こんな遊んでいられるわけです。

それで、予定では12月に今年最後の海外旅行をする予定です(年末年始の旅行は、来年の旅行とカウントします)。そうすると、18万円はかからないでしょうから、80万円未満で済みそうです。まだ行くか100%確定ではないので、旅行に行った後かかった金額が確定したら、また記事を書きます。

旅行というのも、いいホテルに泊まればそれなりに金はかかりますが、韓国などでも安いところに泊まろうと考えれば、それなりに安くすみます。以前の私は、鐘路での安い旅館によく泊まっていましたし(25,000ウォンでした)、最近でも東大門近辺の宿や外国人向けゲストハウス、あるいはチムジルパンとよばれる入浴施設に宿泊することもあります。宿泊代が高いとされる香港でも、重慶大廈などで泊まれば安く済みますし、最近の重慶大廈は、昔ほどすごいところではありません。宿代がべらぼうに高いニューヨークシティなどでも、クイーンズやブルックリン、あるいはニュージャージー(たとえばホーボーケン)あたりなら、マンハッタンあたりよりずっと安く泊まれるというものです。もちろん高いホテルは、高いホテルなりの利点・良さはいろいろあります。

バックパッカー旅行のように、とにかく長く旅をするのなら、そんなに金をかけるわけにはいかないし、節約節約で行くのは当然ですが、私のような「週末旅行」や最長10日くらいの旅行なら、それなりに金を使うのも悪くはないでしょう。まあ私が旅で使う金額なんてそんなにたいした額ではありませんが。

個人的には、旅では食事にはそれなりに金を使いたいなという気はします。韓国でも香港でも、それなりの価格でそれなりにいいものを食べたいという欲求は常にあります。宿を安く済ませて食事も質素極まりないものにすれば、「沈没」とまではいわずとも、発展途上国ならそんなに金を使いませんが、バックパッカーならぬ社会人旅行者の私としては、ある程度金を使うのも仕方ないかなと考えます。もっとももっとひんぱんに渡航するようになったら、当然金の使い方は控えるようにはなるでしょう。

LCCなども運航されるようになっているので、旅行に使う金もセーヴできるようになりました。しかし円安なのは、旅行者にとっては痛いところです。また原油価格も高止まりです。それは仕方ないとして、これからも私なりに無駄使いをせず(といいつつ、いろいろ金を使ってしまうのですが)旅をしていきこのブログでその模様を報告していきたいと思います。

アジア周遊紀行(2013・夏)(18)

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またこんなところに行く、と呆れられるでしょうが、ラオスの首都ヴィエンチャンにある北朝鮮レストランです。行きかたは、こちらのサイトで調べました。

「朝鮮」「平壌」と書かれているのが、まさに北朝鮮系のレストランであることを物語ります。漢字表記なのは、中国人を客層として意識しているのでしょう。「飯」の字は、中華人民共和国で使う略字ですね。

これが内装です。もう1時をとうに過ぎていましたが、わりと客はいました。

実は、北朝鮮からのお姉さまたちの写真を撮ったのですが、消してくださいときっぱり言われたので(怖かったので)すぐ消しました。上の2枚は、隠したのでなく、先方が気づかなかったもの。私も、残っているとは気づきませんでした。しかし迷惑をかけるのは本意でないので、顔は画像処理をかけておきます。ここの店のお姉さまたちは、白のブラウスと黒の短いスカートでした。ヤンゴンのレストランの女性たちのほうが、服装は鮮やかだったな。この時間で、4人ほどの女性たちが働いていました。

しかし私が旅行でいつもご教示をいただいているWakabunさんは、私が行ってからまもなくしてここを訪れたのですが、写真をちゃんと撮っているぞ。これはいったいどういうこと?

あるいは、ショーの時の写真は大目に見る、ってことかもしれませんね。こんど(いつ?)確認してみます。服装は、私が行った時と同じですね。

奥に階段が見えますが、ここをジャージ姿の女性が出入りしていました。たぶん非番の女性でしょう。私の勝手な憶測では、たぶん2階が寮になっているのでしょう。

水がつくのは(有料ですが)ヤンゴンと一緒。どうせなら共和国(朝鮮民主主義人民共和国=北朝鮮)のミネラルウォーターを(どうせ金とるんだからさ)出してくれればいいのにね。

北朝鮮レストランご自慢の平壌冷麺と

牛テールの煮たものをいただきます。どちらも申し分ないお味です。

会計は、ラオスキップがないので、タイバーツで済ませました。さっきは写真を撮ってごめんなさいと謝っておいたら「いいんですよ」と笑顔で言ってくれたので、ちょっとほっとする私。一応断っておくと、会話は英語です。

さっきの道を反対に歩き、ロータリーでまた反転します。

ギターを弾いている青年がいました。そういえば昨年もヤンゴンでギターを弾いている青年を見かけたな。

東南アジアの国々は、韓国、北朝鮮双方とそれなりの関係があるので、わりとこのような店があります。

めずらしくコカコーラの広告です。

ところでこの近辺に日本大使館があったので、建物ならぬプレートの写真を撮ろうとしたら、守衛から拒否されました。プレートもだめとはなかなか厳しい警備です。

これからはコカコーラの広告も増えてくるでしょう。

なにげに象の置物があります。やはり象はありがたみのある動物なのでしょう。ミャンマーもご同様。すいません、二言目にはミャンマーの話になってしまいます。

お、自転車で遊んでいる子どもがいますね。

理髪店です。

 さあ、次はどこに…。(つづく)

すさまじい記事が発表された、また政府の歯切れが悪い

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本来なら土日祝日は、旅行の記事なのですが、やはりこの件を書きたかったので。

>'13/11/28「北朝鮮にスパイ送った」 元陸自別班メンバーが実態語る

 首相や防衛相が関知しない独断による情報活動が明らかになった陸上幕僚監部運用支援・情報部別班(別班)。国内担当だった元メンバーが28日までの共同通信の取材に、陸自内部でも存在そのものが秘匿されてきた情報部隊の実態を語った。

 ▽養成

 突然上司に命じられ、諜報ちょうほうや防諜ぼうちょうの教育、訓練をした旧陸軍中野学校の流れをくむ陸自小平学校の心理戦防護課程に入校。同期は7、8人でごくまれに海自、空自の隊員もいる。追跡、潜入、張り込み…。教室の鍵は昼間も厳重で、小平学校長でさえ入室できない。

 同課程を修了して別班員になると、外部との接触禁止に。「身分証明書は自宅で保管し、持ち歩くな」「年賀状も出すな」と指示され、防衛大の同期会は当然欠席。休職扱いか、いったん自衛官の身分を離れるが、給料や退職金は満額が出る。

 ▽任務

 別班の本部は東京・市谷の防衛省地下。民間のビルの一室を借りた「アジト」が東京都内に数カ所あり、組織を秘匿するため、渋谷、池袋、新宿…などを転々とする。

 班員は数人ずつのグループで活動。他のグループのメンバーとは本部でたまに会うだけで、本名さえ知らない。在日朝鮮人を買収し、スパイに仕立てて北朝鮮に送り込んだこともある。

 ▽資金

 活動資金が足りなくなれば、防衛省情報本部にもらう。金が余り、内輪で豪華宴会をしたこともある。領収書は一切いらない。

 別の班員から「数百万円まで湯水のように使えた」「協力者には数十万円単位で使えと言われた」「金を使わないと仕事をしていないと思われた」と聞いたこともある。

この記事が事実なら、文民統制もあったもんじゃないですね。いわゆる防衛省の制服組だって関知していたか(していたとしてどくれくらい関知していたか)怪しいものです。

産経新聞の記事を。

>防衛省「これ以上調査ない」 陸自「別班」による海外情報活動報道で

2013.11.29 17:07

 陸上自衛隊の秘密情報部隊「別班」が独断で海外での情報活動をしていたとの報道に関し、防衛省の辰己昌良報道官は29日の記者会見で、小野寺五典防衛相が2度にわたり陸上幕僚長らに、別班が過去も現在も存在しないことを確認したとして「これ以上、今の段階で調査をやる状況ではない」と述べた。

 小野寺防衛相は、報道があった27日夜、記者団に、陸幕長への確認の結果として別班の存在を否定。28日の参院国家安全保障特別委員会では「再度しっかり確認していきたい」と答弁していた。

 辰己報道官は「小野寺防衛相は1度確認した後、国会議論もふまえ再度、陸幕長、陸幕運用支援・情報部長らに確認した」と強調した。

真偽以前の話として、こんなことを政府が認めることもないでしょうが、もしガセネタだったらちょっとやそっとの話じゃすまないと私は思うんですけど、現段階ではその件に関して具体的なアクションはないみたいですね。ってことは、この報道は事実か、それとも大筋で事実である可能性が高そうですね。しかしマスコミがこの件で実に騒がないのは、なぜなんですかね。やっぱり取材したらまずい事情でもあるから? やれやれです。このざまでは秘密保護法なんて、成立させるまでもないでしょう。在日朝鮮人をスパイに仕立てて北朝鮮に送り込むって、これじゃあ日本も北朝鮮のスパイ問題に偉そうな口はきけない(苦笑)。いや、笑っている場合ではありません。

なんともすさまじい記事でした。これは徹底追及すべきだと思いますので、野党やマスコミその他に期待します(私の期待は裏切られるでしょうけど)。


クレイジーホースの映画が、また公開される

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「美女探求」タグでもいいんですが、映画の紹介ということで(gooは、複数のタグを使えないのでこういう時不便です)映画タグにします。

今年の初めに、パリのナイトクラブ「クレイジーホース」を紹介した映画「クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち」についての記事を書きました。それで、今月末に、またクレイジーホース関係の映画が公開されます。

>クリスチャン・ルブタンが演出を手がける『ファイアbyルブタン』、12月21日公開

2013年11月29日 12:00 発信地:東京

デザイナーのクリスチャン・ルブタン(Christian Louboutin)が演出、アーティストのデヴィッド・リンチ(David Lynch)らが音楽を手がけた話題作『ファイアbyルブタン(Fire by Louboutin)』。12月21日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ他 全国順次公開。(c) Antoine Poupel

【11月29日 MODE PRESS WATCH】デザイナーのクリスチャン・ルブタン(Christian Louboutin)が演出、アーティストのデヴィッド・リンチ(David Lynch)らが音楽を手がけた話題作『ファイアbyルブタン(Fire by Louboutin、原題:FEU(FIRE) by Christian Louboutin)』が12月21日から公開される。
 
 ナイトショーの最高峰とも呼ばれ、1951年の創立以降、入場者数600万人以上を誇る仏パリのキャバレー「クレイジー・ホース(Crazy Horse)」。その舞台で80日間だけ上演され、世界中が熱狂したのがクリスチャン・ルブタン演出のショー「ファイア」だ。ルブタンは「ファイア」について「私が追い求めるのは“露出させる靴”だ。ダンサーのために働くという、17歳で実現できなかった当時の夢がやっと叶った」とコメントしている。

 今回公開となる『ファイアbyルブタン』は、再演が強く望まれつつも実現しなかったその「ファイア」を、3Dのスペシャリストと言われるブルノ・ユラン監督と『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』の撮影チームが映画のために特別に撮り下ろした作品。映画では、実際の客席では見られなかった角度から舞台を撮影、ダンサーたちにも限界まで近づき、息遣いや筋肉の動きを見せることで、比類ない臨場感を生み出した。また、3Dカメラを駆使することでスローモーションや上からのショットを自由自在に、高品質で捉え、パフォーマー達の魅力を最大限に引き出すことに成功している。この機会にぜひ、巨大スクリーンで「クレイジー・ホース」の世界観を堪能してみては。

■公式サイト:『ファイア by ルブタン』
http://fire.gaga.ne.jp/

12月21日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ他 全国順次公開
(c)MODE PRESS

ファイアbyルブタン

内容はというと、

>パリ・シャンゼリゼ通りに近いジョルジュ・サンクにある、世界に名だたるナイトクラブ『クレイジーホース・パリ』。1951年の開業以来、ここでは他のヌードショーとは一線を画した芸術的なショーを上演し、多くの人々を魅了し続けている。この『クレイジーホース』から刺激を受け、デザイナーのクリスチャン・ルブタンはシューズデザインを開始。そして、彼は『クレイジーホース』のショー演出を手がけることになる。美しさを誇る女性たちにクリスチャン・ルブタンの靴と煽情的な映像を纏わせ、さらにデヴィッド・リンチ監督の手がける妖しい音楽が美と官能を深める。クリスチャン・ルブタンの美学が結集した演目『FIRE』は、たった80日間だけの上演だったものの、世界を熱狂させた。この『FIRE』をスクリーン用に撮影。臨場感たっぷりに映し出す。

とのことです。

「服を脱がせる靴」ですか。うーん、ぜひ早急に実現してほしいですね。実現したとして、誰がはくのかという問題もあります。

それはともかくとして、ちょっと予告編を見てみますと…。かなり過激です。

ヌードショー『ファイア by ルブタン』予告編

こちらは、外国で制作された長いバージョン。

Feu, le nouveau spectacle du Crazy Horse dirig�・ par Christian Louboutin (bande-annonce)

前の映画にも登場した人も出ています。日本版のポスターやDVDのジャケットに使用された写真のダンサーも出演していますね。

 

予告編を見た限りでは、前の映画で紹介されたショー「DESIR」に、ルブタン演出のショーを加えた、という構成のようですね。ロープを使った空中演舞(上の写真)なども(アレンジは変えているかもしれません)もあります。

これは楽しみですね。いや、正直言います。ものすごく楽しみです。

なにしろ私は、「クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち」を、劇場でも2回見ちゃいましたから。DVDでも折に触れて見ています。これは、劇場に行かないわけにはいきません。またこの映画は3Dですので、それで見たらかなり迫力がありそうです。2Dでも上映されるとのことですが、これはぜひ3Dで鑑賞すべき映画でしょう。3Dで見る美女のダンサーたちのヌードも悪くなさそうです。

このブログの読者の中で、上のショー「FIRE」をご覧になった方はいないでしょうが、これは完全に映像公開用で収録されたものですので、観客席からは(当然ながら)絶対見ることのないアングルもたくさんふくまれているわけで、これはほんとにすごそうですね。前にも指摘したように、たぶんクレイジーホースの戦略として、ショーの内容を公開することによってクレイジーホースの集客につなげたい、という目論見があるのでしょう。実際YouTubeを見ても、ショーの全貌をほぼ収録している動画もあります。また、前の映画も(日本語字幕などはもちろんありませんが)全体がYouTubeにアップロードされていますね。もっとも削除される可能性もありますが。

Crazy Horse Cabaret broadcast on ARTE 31 Dec 2011 with many beautiful girls

CRAZY HORSE - Paris (2011)

では最後に、動画から拾った画像をお見せします。

このブログは大人向けのものですので、ヌードはしょっちゅうですが、嫌いな人はごめんなさい。なおこの映画はR15+です。つまり15歳未満お断りの映画です。映倫のHPによれば

>パリで最も前衛的といわれる老舗のキャバレー「クレイジー・ホース」で80日間上演された、シューズ・デザイナーのクリスチャン・ルブタン演出、デビッド・リンチ音楽によるショー「FEU」を映像化したドキュメンタリー。刺激の強いセクシーなトップレス・ダンスが数々みられ、標記区分に指定します。(1時間20分)

だそうです。「クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち」も同じ指定です。

>パリのナイトクラブ「クレイジー・ホース」に関するドキュメンタリー作品。ステージでのショー及びリハーサル風景、舞台裏、オーディション等が描かれている。刺激の強い、トップレスを含む数多くのエロチック・ダンスと楽屋での自然なヘアヌードの描写がみられ、標記区分に指定します。(2時間14分)

見たらまた記事にしますので、お楽しみに。

また、「クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち」が、渋谷のBunkamuraで上映されるとのことですね。詳細はこちらです。私も見に行く、と断言はできませんが、でも見に行きそうだな。そうえいば最近渋谷で映画を見ることも激減しました。前は、映画の9割は渋谷で見ていたような時代もあったのですが。

>「クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち」特別上映決定!

(2013.11.30)

2012年にル・シネマにて上映され、アンコール上映も行われるなど大好評を博した
フレデリック・ワイズマン監督作「クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち」。
今回同じくクレイジーホースを舞台とした「ファイア by ルブタン」の公開を記念しての
特別上映が急遽決定いたしました!

ドキュメンタリー映画の巨匠ワイズマン監督が、そのパフォーマンスのみならず
ベールに包まれたクレイジーホースの裏側にまで迫った本作をご覧になれば、
12/21(土)より公開の「ファイア by ルブタン」をより一層お楽しみ頂けます。
この機会にぜひご来場下さいませ!

★上映期間:12/7(土)〜12/20(金)
[12/7(土)〜12/20(金)]
連日...18:40〜(終)21:05 (1日1回上映)
※12/19(木)のみ休映

★料金
¥1,200均一
12/21(土)より公開「ファイア by ルブタン」の特別鑑賞券ご提示で¥1,000。(窓口のみ)
※特別興行につき、火曜サービスデー、日曜最終回、シニア・TOP&カード割引等の
 各種割引は適用外となります。

 

「クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち」 CRAZY HORSE
監督:フレデリック・ワイズマン
出演:フィリップ・ドゥクフレ、クレイジーホースダンサーたち 他
配給:ショウゲート

『パリ・オペラ座のすべて』の巨匠フレデリック・ワイズマンが次に
カメラを向けたのは、パリで最も有名なエンタテインメントショー「クレイジーホース」。
新しいリズム、ダイナミックなテンポ、そして魅惑的な振り付け。
女性であることを限りなく追求した先にある、ダンサーたちの完璧なボディと
緻密に計算された音と光の演出。そのパフォーマンスのみならず、
舞台裏での準備やクラブの運営を一分の隙もなく切り取り、スクリーンに映し出す。

1,200円というのはかなりお得ですね。興味のある方はぜひどうぞ。

あらゆる人間が不快になり、迷惑をする救いのない話

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まずは記事を読んでください。

>犯罪白書:65歳以上の高齢女性の万引き急増 刑務所へも
毎日新聞 2013年11月15日 10時29分(最終更新 11月15日 13時49分) 

 法務省は15日、「女性の犯罪・非行」を特集した2013年版の犯罪白書を公表した。昨年、刑法犯で検挙された65歳以上の高齢女性は全年齢層の27%を占め、1993年の6%から20年間で大幅に増えた。特に万引きで検挙される高齢女性が目立っている。

 白書によると、昨年の女性刑法犯6万431人のうち65歳以上は1万6503人で、万引き(窃盗罪)が82%(1万3482人)を占めた。高齢男性の刑法犯のうち万引きは47%で、女性の方が際だって高い割合だった。

 昨年、窃盗罪で刑務所に入った高齢女性は、やはり全罪名の82%に相当する234人。93年の18人から13倍に増え、万引き常習者が相当の割合になるとみられる。

 万引きを含む窃盗には、薬物や性犯罪のような全刑務所共通の改善指導プログラムがなく、個々の施設が独自の再犯防止指導をしている。全国の9女子刑務所のうち、独自の指導をしているのは5施設。法務省矯正局は「高齢女性の窃盗の背景にはさまざまな要因があり、全国一律のプログラムは難しい」としている。

 太田達也・慶応大法学部教授(刑事政策)は「高齢女性の犯罪増加の背景は経済的困窮や福祉の問題だけでなく、家族や近隣、行政から孤立し、心理的な閉塞(へいそく)感とともに支援を受けられなくなっていることが考えられる。万引きなど比較的軽い罪で起訴猶予となる者も、刑務所から釈放される者も、社会の中で孤立しないよう見守る仕組みが必要だ」と指摘している。【伊藤一郎】

こちらも。

>犯罪白書:万引き高齢女性「イライラ募って…」と胸中
毎日新聞 2013年11月15日 10時46分

 万引きで検挙される65歳以上の高齢女性が右肩上がりで増えていることが、15日に公表された2013年版犯罪白書で明らかになった。「イライラが募り、後先のことなんて考えられなかった」。刑務所から仮出所中の女性(67)が毎日新聞の取材に応じ、万引きを繰り返していた時の自分をそう振り返った。

 最初の万引きは十数年前。15年ほど別居していた夫が「体が悪い。面倒を見てくれ」と戻ってきたのがきっかけだった。寝たきりの夫から毎日、食べたいものを書いたメモを渡された。仕事をしながら、メモ通りの食品を買って渡す日々。「なぜ、こんな人のために」。お金に困っていたわけではなかったが、怒りで冷静さを失い、総菜を万引きした。

 3回目に店員に見つかった。この時は警察に引き渡されずに済んだが、捕まる怖さをイライラが上回り、やめられなかった。ついに逮捕され、執行猶予判決が確定したが、店に行くと「次は刑務所」という考えも「飛んでしまった」。実刑判決を受け、65歳で初めて刑務所に入り、1年半服役した。

 今は夫から離れ、東京都渋谷区の更生保護施設「両全会」で立ち直りに向けた生活をしている。「なんてバカなことをしたのか。理性が働かなかった」と悔やむ。

 両全会の小畑輝海理事長は「万引きの動機は人それぞれだが、地域や家族の絆を失った人が多いように感じる。施設では、出所者の人間性を回復するため、民間ボランティアなど他人と会話する機会をなるべく多く設けるよう努めている」と話している。【伊藤一郎】

最後の記事は、上の2つの記事とはやや事情が異なりますが、同じ万引きの関係です。

>摂食障害:女性被告に実刑判決…服役待機中に食品万引き
毎日新聞 2013年11月06日 22時12分

 窃盗罪で実刑が確定した後に半年以上刑務所に収容されず、その間に食品を万引きした摂食障害の女性被告(31)に対し、さいたま地裁は6日、懲役2年2月(求刑・懲役2年6月)を言い渡した。弁護側は「収容を待つ不安と恐怖で大量の精神安定剤を飲み、心神喪失状態だった」などと無罪を主張していたが、西村真人裁判官は「障害克服に向けた努力を怠っており、摂食障害を有利に考慮するのは相当でない」と述べた。

 判決によると、被告は5月、埼玉県内のスーパーで牛肉など10点を万引きした。別の万引きで昨年10月に実刑が確定し、服役を待っている間だった。今回の判決が確定すれば、前の刑の懲役1年2月が加算される。

 女子刑務所は過剰収容状態にあり、被告と同じように摂食障害の女性が食べ物の万引きを繰り返すことも一因になっている。【山田奈緒、石川淳一】

 ◇被告「治したい」
 被告は判決前の1日、さいたま拘置支所(さいたま市)で取材に応じ、「自分の意思だけでは万引きをやめられなかった。少しでも前を向けるようになるため、治療で摂食障害と盗癖を治したい」と語った。

 10代で食べては吐くことを繰り返す摂食障害になり、同時に食品などの万引きを重ねた。拘置支所でも症状は改善せず、吐いたものを再び口に詰め込んだこともある。

 逮捕前、入院先で同じように摂食障害と衝動的な万引きに苦しむ仲間と出会い、文通が心の支えになっているという。15分間の面会で被告は「ちゃんと治したい」と繰り返した。【山田奈緒】

前に、窃盗癖のある人(窃盗症)の記事を書いたことがあります。その際にいくつかコメントをいただきましたが、コメント返しはしませんでした。ごめんなさい。で、上で紹介した件が「窃盗症」かどうかはともかくですが、しかし困りますよねえ、上のような人たちは。

こんな奴らは厳罰にしてやれって、執行猶予判決や実刑判決まで科せられていてそれでなおやっちゃうんだから、これまたどうしようもないですね。さいたま地裁で判決を受けた女性にいたっては、実刑確定後にまでそんなことをしているのだからお話にもなりません。収監される恐怖すらこの愚行を防げなかったのだからひどいものです。

別に私は、この女性を無罪にしろとか主張するつもりもありませんが(刑務所に入るのは仕方ないでしょう)、やはり精神医療とセットにして考えないとこの件はあまり前向きな解決が望めませんね。刑務所に入って改心すればいいですが、残念ながらそうでもない人が少なくなさそうです。

ところで、前の記事を書くきっかけになった「報道特集」でも、摂食障害と万引きの関係はとりあげられていて、苦しんでいる人たちや治療の様子なども報道されていましたね。摂食障害という精神障害が、「万引きをしない」という程度の社会規範を守るという規範意識や社会常識を遵守することすらも侵害してしまうんですかね。ほんと、救いがありません。

それにしても、こういうことってほんとに万人が不快になるし迷惑になるし不利益をこうむるわけで、きわめて絶望的な気分になりますね。消費社会とか、モノがあふれる時代であるとか、万引きを誘発しやすい社会になったということもこのような犯罪が目立つようになった要因でしょう。あるいは、上の記事での指摘にもあるような、核家族化などによる人間関係の変化なども理由にあるのかもしれません。そして、消費社会であることや、核家族化、ということは、別に「悪い」ことじゃないですしね。いや、もしかしたら「悪い」ことなのかもしれませんが、仮にそうであっても消費社会化や核家族化の進行がとどまることはないでしょうから、そんなことを議論しても仕方ありません。

けっきょくこれは、、社会が更正プログラムを作ってこういう人たちに対応するしかなさそうですね。公金がかかりますが、刑務所を混雑させるよりはいいかも。

で、こういうことを書くのはどうかかもしれませんが、つくづく私、こういう窃盗癖とかがなくてよかったと思います。幸い、私の知る限り私の身内にもそういう人はいません。統計学的には、そういう人はいなくて当然なのかもしれませんが、それはともかく、よかった、(少なくとも)現段階では私、こういうことと無縁で。

次に買うコンデジが、最後のコンデジ購入になるかも

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個人的に興味のある記事を読みました。産経新聞の記事より。

>コンデジは消えていくのか? スマホ高性能化で縮む市場…ミラーレスに活路

産経新聞 11月4日(月)9時10分配信

パナソニックやソニーなど、国内のデジタルカメラメーカーが「ミラーレス一眼」の新モデルを、年末商戦に向けて相次いで投入する。ミラーレス一眼は小型で軽いうえ、レンズを交換して本格的な撮影も可能。メーカー各社はさらなる小型化、画質向上を競っている。背景には、スマートフォン(高機能携帯電話)内蔵カメラの性能が飛躍的に伸びたために陥ったコンパクト型デジカメの不振がある。「コンパクト以上、一眼未満」とされてきたミラーレスは、高性能がウリの一眼レフの市場に侵食できるのか、注目が集まっている。

  「当初は『コンパクト以上、一眼レフ未満』の商品だったが、一眼レフに劣る部分がなくなってきた」。5年前にミラーレス一眼を業界で初めて開発したパナソニック。北尾一朗DSC事業部長は10月の新モデル発表会でこう言って胸を張った。

  11月21日に発売する「LUMIX GM」(想定価格約9万円、標準ズームレンズ付き)は、レンズ交換式では世界最小の幅98・5ミリ、奥行き30・4ミリを実現。高性能センサーと高いオートフォーカス機能を搭載しており、Wi−Fi(ワイファイ)接続によりスマホへの写真転送も可能だ。

  コンパクト型並みのサイズと、コンパクト型を大きく引き離す画質。パナソニックは「一眼カメラはもはや、特別なものではない。日常的に活躍する」として、従来のコンパクト型ユーザーの取り込みも狙っている。

  コンパクト型デジカメはスマホのカメラの性能が向上していることから、各社とも販売に苦戦。価格も下落している。国内メーカーが加盟するカメラ映像機器工業会(CIPA)によると、レンズ一体型の出荷平均単価は、24年が9200円と、14年の3万2500円から7割下落した。ここでいうレンズ一体型は「コンパクト型」だけではないが、パナソニックの予測では、コンパクト型の市場規模は24年度以降、毎年20%ほど縮小するとみられている。業界関係者は、「コンパクト型は、例えばリコーのGRシリーズなど、ブランド価値があって高付加価値化が可能な製品しか生き残れないのではないか」とみている。

  国内メーカー各社は、採算の悪化したコンパクト型の事業縮小に動いている。オリンパスは5月、コンパクト型の低価格モデルからの撤退を表明。24年度のデジカメの販売台数は当初計画から3割ほど下振れし、赤字が課題となっていた。同社では、一眼レフの開発中止も決定。経営資源をミラーレスに集中しており、10月発売した新モデル(17万円前後)は、一眼レフ用レンズを使う場合も性能が落ちないのが特長だ。

  パナソニックでは、国内向けのコンパクト型について、自社生産の縮小を検討している。ミラーレスは利益率を確保しやすく、交換レンズの販売も見込めるためだ。対するソニーは、高級化路線に走る。一眼レフの高級モデルにしか使われなかった大型画像センサーを初めて搭載した「α7R」(約22万円)は、約3640万画素の描写力。高級一眼レフの購入層も取り込む。急速に普及するスマホのカメラが性能を大きく向上させる今、消費者が要求する水準がかつてなく高まっていることは間違いない。(南昇平)

この記事にあるように、コンパクトデジタルカメラ(以下コンデジ)というのは、位置づけが中途半端というか、やや過渡的な存在なのかなと思います。いままでのコンデジの役割はスマートフォンでじゅうぶんまかなえるし、専用のカメラを購入するのなら、本格的なものか手ごろなものかはともかく、ミラーレス一眼のデジカメを買うというのが合理的な選択になりつつある時代なのかもしれません。

で、我が家では、他の家族はけっこう高価な(ただし以前の購入なので、たぶん性能は陳腐化している)一眼レフのデジカメを持っているのですが、私はコンデジで間に合わせていました。私が使ったコンデジは、いままでに4台です。

私がデジカメを使い出したのは、2005年ですからまだ10年にも満たないわけです。それまでフィルムのカメラだったのですが、私の使っていたカメラが故障し、さすがに修理してまで使う気はしなかった(だいぶ老朽化していました)ことと、また比較的保守的だった私も、時代はデジタルカメラが主流であることは認めざるを得なかったので、家族の使っているデジカメ(なんという会社のなんという機種かは記憶になし)を借りて、ドイツに出かけたのです。だから、私が撮ったドイツの写真は、このときのデジカメです。これは、たぶん200万画素くらいのかなり原始的なカメラでした。充電式でなく、乾電池式というものでした。電源の減り方も激しく、ドレスデンで電池が完全に切れてしまいました。一般の電池を購入しましたがだめで(取り扱い説明書を持って行きませんでした)、カメラ屋に行きました。それで、(私ドイツ語からきしだめなもので)「ストロングバッテリー」とかでたらめな英語を話したら、さすがなんとかはなんとか屋、すぐにこれだろうとデジカメで使える電池を出してくれました。このデジカメは、家族が水の中に落としてしまい故障しました。

2台目は、上のコンデジが故障したために購入したカシオのEXILIMです。当時は、まだ「価格.com」などについてもよく知らなかったので、新宿の家電量販店を数件比較して一番安い店で購入した記憶があります。薄い機種で、色も金色と、個人的にはわりと気に入っていたのですが、購入した2006年初旬から2年半ほどで故障してしまい、これまた修理する気はしなかったので、次なる3代目を2008年12月に購入することになります。旅行では、ブダペストの旅や(中座していますが)ザルツブルクの旅2006年のソウル香港2007年〜08年の沖縄紀行、その他2008年の年末年始の旅より前の旅の写真を撮影しています。

いまにしてみると、このカメラってけっこうきれいに撮れるカメラだったかなという気がします。壊れたから買い替えたのですが、壊れなければこのカメラを使っていたでしょうから、故障しても修理しなかったという選択は間違っていなかったと思いますが、壊れてしまったのは残念でした。

それで今度は、価格.comの値段を参考に、めぼしをつけたキャノンのコンデジを、秋葉原のとある店で購入しました。これは、記事に書きました。

このカメラで、2008年〜09年の旅行以降の写真を撮影しました。たぶん3万枚くらいは撮影したかと思います。酷使がたたったのか、2013年2月に故障してしまい、これも修理してまで使う気がしなかったので、使用をやめました。まだ捨ててはいませんが。

4台目のカメラは、新しく購入したものでなく、だいぶ以前に家族が買ったカメラです。3代目のカメラの旧機種です。

昼間の撮影にはぜんぜん不自由しませんが、また古いカメラですので、そんなに容量を使わないのですが(現在32GBのSDカードを使用しているので、SDカードの容量は事実上関係ありませんが)、たとえば夜間の撮影などはかなり弱いですね。手ブレもしてしまいます。これは、前の機種もそのような欠点がありました。キャノンのIXYには、そのような難点があるという話を聞いたことがあります。

読者の皆さまご存知のとおり、私のブログの写真は夜間の撮影が多いので、しかも私はそんなに高い撮影技術を持っているわけでもありませんから、やはりいい機種でないとなかなかいい写真になりません。というわけで、こんど購入するコンデジは、夜間撮影に強いカメラを買う予定です。

そして…。タイトルにも記したように、なんとなくこれが私が最後に購入するコンデジかなという気がします。次に買う商品は、たぶんコンパクトなミラーレス一眼デジカメになるのかなと思います。あるいはもっといいものを買うかもしれません。

カメラは、やはりいいものをほしいなと思います。業務用とまでは言わずとも、私のような素人でもその技術のなさをカバーしてくれる製品がいいですね。デジカメの時代は、事実上写真は無限に撮れます。もっともそのおかげでこのブログに収録する写真は、1回の記事あたり30枚とかのべらぼうな数になりました。ブログが異常に重くなってすみません。

次の次のカメラをいつ購入するか未定ですが、購入したらそれなりの写真をお見せできるかなと思います。乞うご期待。

こんな発言を紹介しておいて、「誤解」も「意図しない」もないもんだ

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bogus-simotukareさんの記事で、noharra氏なる人物の『 「ダライ・ラマが焼身を扇動している」となにがなんでも誤解したい人たち』という記事を知り、さらにnoharra氏が引用されている「宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会」というところのブログ記事を知りました。noharra氏は

>「ダライ・ラマが焼身を扇動している」となにがなんでも誤解したい人たちというのも、某S氏と同じく汚れた心の持ち主だ、と私は思っているということなのです。

http://www.supersamgha.jp/2013/11/post-103.html のブログを読むと、その背景を含めて丁寧に解説している。のでそちらを読んでいただけばよい。

と書いています。「なにがなんでも誤解したい人たち」ってのは、不当な言いがかりをつける人たち、くらいの意味なんでしょうね、きっと。某S氏とは、bogus-simotukareさんのことなのでしょうが、それは私の記事の趣旨とは無関係なので置いておくとして、「そちら」とは次のようなものです。noharra氏の引用も同じです。

>飯島:「本土では焼身抗議という大変な抗議活動が行われていますが、それはまったくやむことなく、伝え聞くニュースではまだ小さな子どものいる母親までもが自分のいのちを灯明に変えて、その苦しみを世に問うような大変なおこないがされているのですけども、そういった暴力性の中でわたしたち仏教者というのは何ができるのかぜひお聞かせいただければと思います」

法王:「このように自らの命を犠牲にして何かに抗議するという行いは、今までも行われていたわけです。例えば中国の中におきましても、ある中国の仏教のお寺の僧侶の方が自らの命を投げうって、人びとのために抗議をしたことがありますし、ベトナムの中でもそういったことは起こっています。そして私たちの国チベットでも全く同じです。 

このように自分にとってもっとも大切なものである命を投げ出して、他の人たちを救うために、世の中にそういったことの不条理を問いかけようと、こういう行いというものは本当に尊ぶべき、本当に美しい行いだと思います。そういった行いというのは、究極的には他の者たちに暴力を使わないで自らを痛めるということによって、世にその不合理性を問うという行為であるわけですから本当に素晴らしい行為ではないかと思います。 

 これに関しましては、もちろん本当に非常に心が痛む悲しい出来事であるわけです。私はひとりの仏教の僧侶でありますので、そういう意味においても本当に焼身自殺者が出るということに関しては本当に心を痛めているわけなんです。これは政治的な状況によって、どうしようもなく起きてしまっていることであり、私自身は約2年前に完璧に政治的な分野における最高指導者としての位置を引退しておりますので、そのような状況であります」

noharra氏の解釈では、上のダライ・ラマの発言を、

>ダライ・ラマが焼身を扇動している

ととるのは

>誤解

だそうですが、残念ながら私には、完全にダライ・ラマは焼身自殺を肯定していると思われますけど。

>このように自分にとってもっとも大切なものである命を投げ出して、他の人たちを救うために、世の中にそういったことの不条理を問いかけようと、こういう行いというものは本当に尊ぶべき、本当に美しい行いだと思います。そういった行いというのは、究極的には他の者たちに暴力を使わないで自らを痛めるということによって、世にその不合理性を問うという行為であるわけですから本当に素晴らしい行為ではないかと思います。

 という発言は、いくら後で

>もちろん本当に非常に心が痛む悲しい出来事であるわけです。私はひとりの仏教の僧侶でありますので、そういう意味においても本当に焼身自殺者が出るということに関しては本当に心を痛めているわけなんです。

と語ったところで、本質的には肯定していると考えて問題はないでしょう。肯定しない行為を

>こういう行いというものは本当に尊ぶべき、本当に美しい行いだと思います。そういった行いというのは、究極的には他の者たちに暴力を使わないで自らを痛めるということによって、世にその不合理性を問うという行為であるわけですから本当に素晴らしい行為ではないかと思います。

と表現するのは、チベット語は知らないのでわかりませんが、すくなくとも日本語の用法ではないと思います。

で、引用元の「宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会」も

>この法王猊下のお答えについて、当日取材に来たマスコミの中で、猊下が全く意図しない内容を報道したものがありました。その記事には『チベット族僧侶らの焼身自殺理解 ダライ・ラマ「尊い行為」』(共同通信)という内容が書かれていました。当日の参加者はこの記事を読んで、誰もが違和感を覚えたでしょう。また記事の最後に記者が加えた一文「焼身自殺に理解を示したともいえ、中国政府を刺激し、内外に波紋を呼びそうだ」からは、むしろこの記事が意図的に「波紋」を作り出し、対立を煽っているとも捉えられ、スーパーサンガとしてこの事態を重く受け止め、林代表以下幹事が各報道機関に異議申し立てを行いました。

と書いています。ってことは、「宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会」のスタンスとしては、この件のダライ・ラマの発言については、ダライ・ラマの発言は焼身自殺肯定ではないし、また翻訳の間違いでもない、っていうことなんですかね。そうだとしたら、それはダライ・ラマ側の公式の見解と異なります。こんなことは議論するだけ馬鹿馬鹿しいことで、そもそもダライ・ラマ側が

>集会の通訳は共同通信に「驚くべき行為と訳すべきだった」と述べ、修正した。

 通訳によると、ダライ・ラマは集会で、焼身自殺について「非常に心が痛む悲しい出来事だ」などと繰り返し答えた。焼身自殺の行為自体を肯定するような言葉はなかったという。ダライ・ラマはチベット語で答え、通訳が日本語で訳した。

と申し入れているわけで、このダライ・ラマ発言がこの通り通訳されたのなら、それはダライ・ラマ側の落ち度であり、共同通信側に責任はないでしょう。通訳の間違いうんぬん以前の問題として、共同通信が報じた「尊い行為」という発言は問題発言でよろしくないと考えたから、ダライ・ラマ側がそのような申し入れをしたというわけで、これらの発言が問題発言、よろしくない発言であることは明白でしょう。だから私は前の記事

>どうなんですかねえ、これ。外国語で行われた講演その他での問題発言を通訳の誤りと称して隠すというのは常套手段でしょう(笑)。もしほんとにこれが通訳の誤りであるなら、その部分だけでなくある程度まとまった時間の動画とチベット語の発言を書き起こして翻訳をつけてHPなどで発表するべきじゃないですか。早急にしてくださいよ。

と指摘したわけです。で、どうなんですかね。動画とダライ・ラマ発言の書き起こしと翻訳は発表されたんですか? されたのでしたら早急に私も拝見してこのブログで読者の皆さまにその内容と私の意見をお知らせしたいので、ご存知の方はぜひ私に情報をください。

そもそもよりによって宗教者が、こういうことで発言主体の責任をマスコミになすりつけちゃいかんでしょ。まあわざとやっているんでしょうが、どこまで不誠実なんだか(笑)。こういうことを言い出す連中が出ると思ったから、私は前の記事で、

>そういうわけで、ダライ・ラマやチベットを支持する人も、この発言を肯定するのはやめたほうがいいですよ。ダライ・ラマはこのような発言をしたことを否定しているんだから。

と書いておいたんですけどね。やっぱり出てきました、こういうむちゃくちゃな主張をしてダライ・ラマをかばう人たちが。私見では、こんなのは「ひいきの引き倒し」のたぐいでしょう。

いずれにせよ、こんな発言を紹介しておいて「誤解」も「意図しない」もないもんです。ふざけるのもいいかげんにしてくださいよ。

しかしですよ。この件は、より本質的な問題を内包しているように思います。bogus-simotukareさんもご指摘のように

>第二に在家の会が翻訳しid:noharraが紹介してる翻訳が「実は間違ってる」としましょう。

 しかしここからは「皮肉にもチベット仏教支持者には自殺を賛美していい、それはダライ猊下のお考えでもある、と思ってる人が、多数いるかどうかはともかく、無視できない程度の数はいるらしいこと」がわかると思います。正直、「不快感、恐怖と悲しみと嘆きと怒り」を俺は覚えますが皆様はいかがでしょうか?

ということになっちゃいますよねえ。チベットや、ダライ・ラマ支持者の方々にとっては、こういうことも見て見ぬふりっていうやつなんですかね。それもどうかです。

例によってbogus-simotukareさんにお礼を申し上げます。

浅田真央の人間性がすばらしいのなら、義務教育に通っていればもっとすばらしくなっていたろう

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11月8日〜10日にかけて、フィギュアスケートのNHK杯があった関係で、拙ブログのアクセスは大変好調でした。読者の皆さまに感謝を申し上げます…といっても、普段よりアクセスがいいということは、普段読んでいない方が検索サイトその他からこのブログを知って目を通すということで、その後も読者になって下さっている少数の方以外には、この記事は読んでいただけません。もっとも私のフィギュアスケートの記事なんて、読んでいて気分を害する人のほうが多いのでしょう。

それはともかく、この時アクセスがよかった記事は、具体的には次の2つです。ほかにもありますが、この2つが抜けています。

ほれみたことか、こうなった(フィギュアスケート選手マーヴィン・トランのペア解消)

 浅田真央を卒業させなかった中京大学の対応は、正しいと思う

上の記事は、マーヴィン・トランとのペアを解消した高橋成美が新しい相方と出場したことによって注目されたのかと思われます。下の記事は、浅田真央の学校の話なんてなにをいまさらだと思うのですが、やはり注目されました。

浅田真央の学校の話なら、下の記事のほうがよっぽど個人的には気に入っているのですが、途中経過の記事ですので、結果について記した記事のほうが重視されるということでしょう。

浅田真央は学校に通っていないだろ

これは今回の件に限りませんが、アクセスの多い記事と自分が気に入っている記事というのは、かならずしも一致しませんね。それは当たり前の話ですが、そういった齟齬というのも興味深いといえば興味深いものはあります。

で、11月になって、この件で2つほど私の記事に否定的なコメントをもらいました。まず最初のコメントを。

>Unknown (ばぶ)2013-11-05 17:32:37真央ちゃんの人間性は素晴らしいので、
義務教育を受けていないとか、大学の単位がどうとか、そういうことで人を判断するのはどうかと思います。

人間性の話なんて私はなんら書いていないので、そんなことをこの記事にコメントされてもしょうがないと思いますが、私はこのコメントに次のように返しました。

>>ばぶさん (Bill McCreary)2013-11-05 20:56:52まあ優秀な選手であることを認めるのはやぶさかではないですけど。でも大学もさることながら、これは悪いのは母親ですが、義務教育を受けなかったのはたいへんよろしくないと思います。だから山田コーチも、著書の中で学校には行ってほしいと書いたわけです。

すると、また次のようなコメントがありました。

>Unknown (みーにゃ)2013-11-08 16:54:19ばぶさんへの返答、趣旨がズレ過ぎてる気がするのですが…。
選手として素晴らしいではなく、人間性が素晴らしいとばぶさんは仰っています。
義務教育受けても大学卒業してもどうしようもない人間はいます。
そんなことで人間性を判断すること自体に疑問を感じますね、私は。

で、次のように私は返しました。

>>みーにゃさん (Bill McCreary)2013-11-08 18:20:37まあ人間性うんぬんは、義務教育に行かないことを正当化しませんから。

浅田真央の人間性がもしすばらしいのなら、義務教育にきっちり通っていれば、もっとすばらしくなったろうという以上の話ではないと思います。

私の書きたいことは、2番目のコメントに集約されています。人間性のよしあしなんて、義務教育に行かないことをなんら正当化しないし、また、浅田真央が人間性の非常によい人間なら、義務教育に行っていればもっと彼女の人間性はよくなっただろうと思うわけです。

浅田真央の人間性がすばらしいのかどうかは私は知りませんが(知るわけもありません)、義務教育にろくに通っていないおかげで、ずいぶん彼女は世間知らずというか、世事にうといところがあるはずです。他人とのつきあいとかいろいろな点での社会性なども、失礼ながら義務教育に通っていないことによって不十分なところが多々あるはずです。義務教育にきっちり通っていれば、そういった部分も行かないよりは軽減されていることでしょう。

つまりはこの件は、浅田真央を学校に通わせないでスケートばかりさせていた母親の浅田匡子さんが基本的に親としてきわめてよろしからぬ人物だったということです。だから上のコメントにも書いたように、浅田真央の師匠であった山田満知子は、自著「素直な心が才能を伸ばす!―だれでも結果は出せる」で

>子どもたちには、それしかできない“スケート馬鹿”にはなってほしくないのです。そして将来のある人間として、学校にはきちんと行ってほしい。

スケートの練習がたとえ厳しくても、普通の学校に普通に通い、同じ年齢の子どもたちとの学校生活をまず優先させてほしい。小学生は小学生らしく、中高生は中高生らしく、その上でのスケートだと思うからです。

と書いたわけです。ああいったことを他の子どもたちや親が真似しては困る、それから浅田真央の母親に、あなたのやったことはいろいろ問題もあるのよと伝えたかったのでしょう。浅田匡子さんが、それをどのように受け止めたかは分かりませんが…。もちろんこの件は、浅田匡子さんだけの責任ではありません。そういったことを見て見ぬふりをした彼女の夫(=浅田真央の父)、スケート関係者、マスコミ、みんなどうしようもない人たちです。浅田匡子さんは、たぶん勉強とか学校教育とか学問とかにきわめて理解の低い人間だったのでしょうから、いくら浅田真央の通う小中学校の教員や名古屋市の教育委員会が激怒したところで、浅田匡子さんが自分の非常識さを省みることはなかったんでしょうね、きっと。

だいたい同じことを何回も繰り返しますけど、亀田の3男が学校に通っていないことは、世間はそれなりに指弾したじゃないですか。なんで浅田真央については不問なんですか? 亀田史郎氏と浅田匡子さんとの間で、子どもに対してやっていることなんて何の違いもないじゃないですか。ただ浅田匡子さんは亀田の親父ほど非常識じゃないから、そういったことを公然と居直ったりはしないだけでしょう。つまりは、亀田家は嫌われているが、浅田真央は国民的な人気がある、っていうだけの話です。それもどうかです。

というわけで、「人間性」とかを持ち出して、浅田真央が義務教育も満足に通わなかったということをかばうのはやめましょう。浅田真央が悪いわけではありませんが(大学に通わなかったのは、悪いのは浅田真央です)、どちらにせよ義務教育に子供を通わせなかったということは、彼女の親は子どもへの最低レベルの親としての責任を無視あるいは放棄したわけで、きわめてよろしくないことです。このことは、何回でも私はくりかえします。世間が見て見ぬふりをしているのだから、私が言うしかないでしょう。

いかなる観点からしても、親が義務教育に子どもを通わせないなんてことは絶対に許されることではありません。

2014年も、「新・午前十時の映画祭」がある(こんどは日本映画も)

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12月3日に、次の「新・午前十時の映画祭」のラインアップが発表されました。記事を引用します。

「第二回 新・午前十時の映画祭」の開催が決定いたしました。(2013/12/03)

2013年4月6日より50年代〜70年代の傑作娯楽作品をデジタルで上映いたしました
「新・午前十時の映画祭」ですが新たに「日本映画」を加え
「第二回 午前十時の映画祭」として開催する運びとなりましたことをご報告申し上げます。

「新・午前十時の映画祭」の上映作品、上映スケジュールなどの詳細は、本サイトに後日公開予定です。

■開催概要
〇開催期間:2014年4月5日(土)〜2015年3月20日(金) 全50週間
〇開映時間:毎朝10時 ※劇場、作品によっては複数回上映もあり
○上映期間:1作品2週間上映
※お客様の要望にお応えし、これまでの1週間上映から2週間上映に変わりました。
〇開催劇場:全国52劇場 ※以下参照
○入場料金:一般1000円/学生500円
〇上映作品:全25作品(新規セレクト作11本、過去3回からの人気作6本、新たに日本映画8本)
       ※詳細は、以下参照
○上映方式:最新デジタル素材による高画質DCP上映

■上映作品(年代順)

<新規上映作品11本>
●オズの魔法使(1939)
●地上(ここ)より永遠に(1953)
●恐怖の報酬(1953)
●旅情(1955)
●あなただけ今晩は(1963)
●俺たちに明日はない(1967)
●チャイナタウン(1974)
●黄昏(1981)
●ブラック・レイン(1989)
●ゴースト/ニューヨークの幻(1990)
●さらば、わが愛/覇王別姫(1993)

<リピート上映作品6本>
●第三の男(1949)
●太陽がいっぱい(1960)
●シャレード(1963)
●サウンド・オブ・ミュージック(1964)
●スティング(1973)
●スタンド・バイ・ミー(1986)

<日本映画上映作品8本>
●羅生門(1950)
●幕末太陽傳 デジタル修復版(1957)
●ニッポン無責任時代(1962)
●飢餓海峡(1965)
●仁義なき戦い(1973)
●砂の器(1974)
●幸福の黄色いハンカチ(1977)
●細雪(1983)

■上映劇場
北海道:札幌シネマフロンティア
岩手:中央映画劇場
宮城:MOVIX利府
山形:MOVIE ON やまがた
新潟:T・ジョイ新潟万代
栃木:TOHOシネマズ 宇都宮
群馬:MOVIX伊勢崎
茨城:シネプレックスつくば
千葉:TOHOシネマズ 市川コルトンプラザ
千葉:TOHOシネマズ 市原
埼玉:MOVIXさいたま
埼玉:MOVIX三郷
埼玉:ユナイテッド・シネマ ウニクス南古谷
埼玉:こうのすシネマ
東京:TOHOシネマズ 六本木ヒルズ
東京:TOHOシネマズ 日本橋(2014/3/20グランドオープン)
東京:楽天地シネマズ 錦糸町
東京:TOHOシネマズ 府中
東京:立川シネマシティ
神奈川:TOHOシネマズ ららぽーと横浜
神奈川:TOHOシネマズ 海老名
神奈川:TOHOシネマズ 上大岡
神奈川:シネプレックス平塚
山梨:TOHOシネマズ 甲府
静岡:静岡東宝会館
静岡:TOHOシネマズ 浜松
長野:長野グランドシネマズ
富山:TOHOシネマズ ファボーレ富山
石川:イオンシネマ金沢フォーラス
岐阜:TOHOシネマズ 岐阜
愛知:TOHOシネマズ 名古屋ベイシティ
愛知:ミッドランドシネマ名古屋空港
三重:109シネマズ四日市
滋賀:大津アレックスシネマ
京都:TOHOシネマズ 二条
大阪:高槻アレックスシネマ
大阪:TOHOシネマズ なんば(本館・別館)
大阪:大阪シテーションシティシネマ(McCreary注:Rawanさんからのご指摘で、劇場名を正しいものを追記します。さすがにHPでも直すでしょうけど)大阪ステーションシティシネマ

兵庫:TOHOシネマズ 西宮OS
和歌山:ジストシネマ和歌山
岡山:TOHOシネマズ 岡南
広島:広島バルト11
島根:T・ジョイ出雲
愛媛:シネマサンシャイン大街道
福岡:ユナイテッド・シネマなかま16
福岡:TOHOシネマズ 天神
佐賀:109シネマズ佐賀
大分:TOHOシネマズ 大分わさだ
長崎:TOHOシネマズ 長崎
熊本:TOHOシネマズ 光の森
宮崎:宮崎セントラルシネマ
鹿児島:天文館シネマパラダイス

今回は、日本映画を初めて取り上げたのが注目されます。黒澤明の作品が、東宝の作品でないのはそれなりに理由があるのかな? また「砂の器」と「幸福の黄色いハンカチ」が上映されるということは、山田洋次関係の映画が2本あるということですね(「砂の器」は、橋本忍と脚本を担当、いや、そういうことを言い出せば、「羅生門」も橋本が脚本を書いていたっけ)。

外国映画のほうでは、噂をすればなんとやらのたぐいですが、「俺たちに明日はない」が上映されるのはやはりうれしいですね。この映画は当然この企画で取り上げられるべき映画でしたが、ついに登場です。この映画が劇場で見られるのはうれしいにもほどがあります。また、「チャイナタウン」もうれしい(そういえばフェイ・ダナウェイつながりだな。あと脚本のロバート・タウンもいっしょ)。この映画は、米国ではものすごく評価が高いのですが、日本ではいまひとつでした。この映画を選択するに至った経緯はわかりませんが、でも個人的にはこの映画を劇場で見られるのがとても楽しみです。あと「黄昏」もうれしいなあ。この映画もずいぶん昔見たきりです。

ところで1981年の米国映画のアカデミー作品賞というのはなかなかレベルが高く(以下順不同)「レッズ」「黄昏」「炎のランナー」「レイダース/失われたアーク≪聖壇≫」「アトランティック・シティ」がノミネートされました。受賞したのは「炎のランナー」ですが、ほかもすごい映画ばかりです。「黄昏」の公開で、この企画でこの5本のなかの3本が取り上げられたことになります。「レッズ」は・・・やはり無理かな。私の好きなウォーレン・ビーティがジャーナリストのジョン・リードに扮した畢竟の大作です(ビーティは監督賞を受賞)。

またリピート作品で「シャレード」が取り上げられるのは、あるいはオードリー・ヘプバーンつながりを優先させたんですかね?

あと高倉健は、日本映画と外国映画に主演、準主演ですね。「ブラック・レイン」は、そういえば私劇場で見たことがない。「幸福の黄色いハンカチ」もそうか。

というわけで、今から楽しみです。読者のあなたも、もし興味のある映画があったらぜひご覧になってください。

ワールドカップでの日本は?

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サッカーの2014年ワールドカップの組み合わせが決まりました。

グループA 国名地区 braブラジル 南米/開催国 croクロアチア ヨーロッパ mexメキシコ 北中米 cmrカメルーン アフリカ           グループB 国名地区 espスペイン ヨーロッパ nedオランダ ヨーロッパ chiチリ 南米 ausオーストラリア アジア           グループC 国名地区 colコロンビア 南米 greギリシャ ヨーロッパ civコートジボワール アフリカ jpn日本 アジア           グループD 国名地区 uruウルグアイ 南米 crcコスタリカ 北中米 engイングランド ヨーロッパ itaイタリア ヨーロッパ           グループE 国名地区 suiスイス ヨーロッパ ecuエクアドル 南米 fraフランス ヨーロッパ honホンジュラス 北中米           グループF 国名地区 argアルゼンチン 南米 bihボスニア・ヘルツェゴビナ ヨーロッパ iriイラン アジア ngrナイジェリア アフリカ           グループG 国名地区 gerドイツ ヨーロッパ porポルトガル ヨーロッパ ghaガーナ アフリカ usa米国 北中米           グループH 国名地区 belベルギー ヨーロッパ algアルジェリア アフリカ rusロシア ヨーロッパ kor韓国 アジア         日程は、日本戦ですと6月15日にコードジヴォワール戦、6月20日がギリシャ戦、6月25日がコロンビア戦です。   前回のワールドカップの組み合わせ抽選会の際記事を書いていまして、その際私は   >2010年サッカーワールドカップの日本の組み合わせは、やはりかなり厳しい相手となりました。オランダ、デンマーク、カメルーンが相手ではね。 ちょっと現状の日本の実力では歯が立ちませんね。

オランダは別格で仕方ないとしてもカメルーンとデンマークも日本が勝つのは無理でしょうね。引き分けがやっと、これもかなり難しいかも。   と書きましたら、私の予想が完全に外れて日本は決勝トーナメントに進みました。いまにしてもよく進んだなあと驚きます。で、この4か国のうち、今回の大会に出場できるのは、オランダと日本のみです。   で、今回はどうでしょうか。ザッケローニ監督のコメントを。   >グループリーグの相手が決まったが)これまでもそうだが、抽選の時は一喜一憂することなく、冷静に見ようというのがスタンス。

実際に相手が決まり、これより良い組、悪い組にもなる可能性があったので、(グループCについては)こんなものかなと思った。

優勝候補となる南米の強豪が1つ、アフリカの強豪チーム、欧州については一番とは言えないチームが入ったと思う。ギリシャのことを過小評価することはない。ルーマニアとは良い試合をしていたので。

 

(初戦となるコートジボワールについては)当然、スタートダッシュに成功することは(勝ち上がるのに)必要な要素。対戦相手の(ラムシ)監督は指導した選手なので、よく知っている。

会場が暑いので、アフリカの選手は(その環境に)慣れているので、しっかりとした準備が必要だと思う。

 

(ギリシャ、コロンビアについては)先ほども言ったが、ギリシャはルーマニアとのプレーオフに勝っているチームだが、同時に、十分戦える相手だと思う。

コロンビアについては、先日のベルギーとの練習試合を見て力のあるチームだと思うし、穴の少ない戦力の整ったチームだと思っている。

 

(会場がブラジルの東海岸となるが)共通して言えることは、蒸し暑いところでの戦いになる。それは抽選の前から分かっているので、どのように対策するかは重要だと思う。(暑さに関しては)しっかり準備が必要。特に初戦のコートジボワール戦ではしっかり準備したい。

 

前回みたいに2勝できればいいんですが、やはり厳しいですかね。暑さについては、ギリシャもコートジヴォワールも涼しい国ではないよね。

私としては決勝トーナメントまで日本を見たいですけど、南米での開催はあまり日本に有利ではないですよね。もっとも南アフリカも有利ではないか。

それにしても、グループDは、ウルグアイとイングランドとイタリアのどこか1か国は少なくとも予選リーグ敗退ですか(2か国になる可能性もあり)。それは残念だなあ。前回の大会のイタリアとフランスの不調はやはり残念だったので。あとオランダはスペインと一緒ですね。これも厳しいですね。

ところで私は、2002年の日韓共催ワールドカップの組み合わせ抽選会の日(2001年12月1日)、ソウルにいました。べつにそれをねらっていったわけでなく(抽選会は、プサンで行われました)、たまたま偶然いただけですが、テレビで井原和巳がくじを引いている姿を見たことが印象に残っています。12月6日〜7日早朝の私は、地元で飲んだくれていました(笑)。おかげで7日の午前中も二日酔い。二日酔いなんてしたのどれくらぶりかな。

そんな話はともかくとして、今回は正直日本が決勝トーナメントに行けるかどうか読めませんね。前回だったら、(予想は外れましたが)実に簡単に予想ができましたが、今回はねえ、なんかギリシャやコートジヴォワールに勝ちそうな気もするし。なかなかベスト16の壁を破るのは難しいのではないかという気もしますが、これはスタッフと選手に期待するということで今回のワールドカップの組み合わせ抽選会についてはしめようと思います。


アジア周遊紀行(2013・夏)(19)

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ここがタート・ルアンですね。私が昨日ぼったくられたトゥクトゥクが私を連れて行ったのは、ここだった模様です。

ここは同じ写真を撮っていました。

仏舎利があるという黄金の塔です。

たっぷり堪能したので、とりあえず街の中心部へ引き上げることにします。

12月23日通りを、凱旋門に向かって南下します。

おや、午前中に行ったカフェがここにもありますね。

いいんかよ、3人ものって。東南アジア、かつては台湾でもよく見かけました。

たしかベトナム大使館。ラオスは、ベトナムにはいろいろ世話になっているので頭が上がりません。国立博物館にも、ホー・チ・ミンの像がうやうやしく飾られているくらいです

逆光の凱旋門です。

いかにも東南アジアらしいのんびりした雰囲気が漂います。

国連の施設も凱旋門の近くにあります。

次はどこへ・・・?(つづく)

アジア周遊紀行(2013・夏)(20)

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しばらく歩いて、日本に絵葉書を出そうと中央郵便局に行きます。

5番の窓口で依頼しました。ラオスキップはないので、タイバーツで支払いました。外国通貨で、その国の中央郵便局で切手を買って日本への送付を依頼するというのもちょっと変な感じ。無事に届きました。

ね、ここもフランス語で看板が表記されているでしょ。

中央郵便局近辺には、上の写真のように物売りがたむろっています。

こういうでかい木がふつうに街の真ん中にあるのは、さすがヴィエンチャンでしょうか。排気ガスが多くなっているので、これからはなかなか厳しいかも。

排気ガス対策でしょうか。

怪しい看板の店です。

一応歩道者用信号ですね。

このようなバスにも日本のシールが貼ってありました。

明日私もバスに乗って、この街を出ます。

こういうのをお土産に買っていってもいいかもしれません。私は買いませんでした。

明日タイに戻らなければいけないので、8時のチケットを買います。

これはフランス大使館。

このカフェでちょっと休みます。

旧フランス植民地のせいか、わりとカフェは充実しています。

ちょっとラオスらしからぬ光景。

ホテルに戻ります。(つづく)

アジア周遊紀行(2013・夏)(21)

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ホテルを出て、今日もメコン川岸を見物します。

日曜でなくても、このようなものは出店しているのですね。

日曜でなくてもエアロビクスもしています。

もうひとグループもご同様。

メコンに沈む夕日も悪くありません。

テントでは、絵とか服、靴(サンダル)などが売られています。

どういう人が買うんでしょうか。やはり外国人?

ラオスTシャツも売られていました。

 もうしばらく中を散策します。(つづく)

私に「保証人になってくれ」と頼む人間の保証人にはなりたくない

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映画「アニー・ホール」だったかで、グルーチョ・マルクス(グラウチョのほうが発音は正しい。「セサミ・ストリート」に出てくるオスカーの「グラウチ」と同じ)の言ったというセリフで、「おれをメンバーにするクラブには入りたくない」というのがありました。この出典は知りませんが、でも確かにそういうことはありますよね。自分みたいな人間をメンバーにするクラブなんかろくなクラブなわけがない、ということでしょう。

しかしそういう類のことを考えると、いろいろ当てはまりますね。それで私が考えたのが、この記事のタイトルです。すなわち、

>私に「保証人になってくれ」と頼む人間の保証人にはなりたくない

です。Bill McCrearyに借金の保証人になってくれなんて頼む人間は、よほど(ありとあらゆることに)困っている人間でしょうから、そんな人間の保証人なんか引き受けられるわけがありません。

そもそも借金の保証人(借金の保証人は、自動的に連帯保証人です)なんてはじめからなるべきではありませんが、ましてや私のような人間に保証人を頼むような危険な人間とはつきあえません。当たり前な話です。

幸い(あるいは当然にも)私はいまだかつて他人から保証人になってくれと頼まれたことはありません。だからいまだかつて保証人になったために損害を受けたことはありませんが、これは死ぬまでそうありたいですね。たぶん世間で人を見る目のある人は、私にはそんなことを頼まないでしょうから、やはり私が保証人になることは絶対なさそうです。よかった、私そういう性格で。

そもそも「迷惑はかけない」なんていわれるときはだいたい迷惑を受けるし、「形式的なものだから」といわれたときは形式ではすまないし、「名前を貸すだけだから」なんていわれても名前を貸しただけでは話が終わらないのです。それが世の中です。

川上哲治氏の「お別れの会」におけるご長男の謝辞(今日は非常に安易な記事)

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すいません。今日は、きわめて安易な記事です。

野球選手・監督・野球評論家の川上哲治氏が亡くなったのは、今年の10月28日です。

で、とつぜん今年亡くなった私の父の話を始めて申し訳ございません。父は私とちがって野球が好きで、しかも巨人ファンでした(ただし川上さんのファンというわけではなかったみたいです)。それで、もちろん川上氏は私の父よりずっと年上ですが、川上氏の死を知った時、私は「ああ、川上さん長生きだったんだな」と思いました。93歳とのことですから、根本的にとても身体が壮健な方だったのでしょう。

ずいぶん以前「報道特集」で土井正三氏の特集をしていて(2009年3月29日放送)、川上氏に取材がされていましたが、氏は姿を見せず音声だけの取材でした。で、それからまもなくの土井氏の葬式で車椅子姿の川上氏が姿を見せて、Wikipediaによるとこれが最後の公での姿だったとのこと(2009年9月29日)。車椅子姿の自分を見せたくなかったのかは分かりませんが、ともかくしばらく公の場に顔を出すことなくお亡くなりになったわけです。

私は野球に詳しくないし、彼が監督をしていたのもはるか昔の話で私が直接見知っているわけがなく、あくまで歴史の人という印象でしたが、たまたま読ませていただいた、川上氏のご長男が川上氏のお別れ会で述べられたという謝辞が印象に残りました。もちろん(超)有名人である川上氏と無名(といいつつ、実は地域では父はわりと有名な人ではありました)の父とを比較しても仕方ないのですが、親を失ったばかりという点では、川上氏のご長男と私とでは、立場にさほどの違いはありません。その共通点の故に、私の印象にご長男の謝辞が残ったのでしょう。

というわけで本日は、川上哲治氏のご長男である川上貴光氏の謝辞を紹介させていただきます。ご長男はプロのライターだそうで、確かに素人ではこれだけのものは書けないと思いました。

>川上哲治氏お別れの会で長男貴光氏が謝辞

プロ野球巨人のV9監督として知られる、10月28日に93歳で死去した川上哲治氏のお別れの会が2日、東京都内のホテルで行われた。長男の貴光(よしてる)氏(67)が謝辞を述べた。

  謝辞 川上貴光(よしてる)

 みなさま、本日はご多用の中、父・哲治のお別れの会にご参集たまわり、まことにありがとう御座います。王貞治さまには、ご丁重なるご弔辞をいただき、まことにありがとう御座いました。

 去る10月28日、朝の10時に入院先の病院から「できるだけ早く来て下さい」と連絡があって、すぐに病室に駆けつけると、父は酸素マスクを付けて、荒い息をしながらベッドに横たわっておりました。前日には、見舞いに来た私の娘の顔を見て、笑顔を見せるほどでしたが、その夕方から血圧が下がるなど、様子が急に変化したそうでございます。

 そして夕方の4時58分。私たち家族に囲まれながら、静かに息を引き取りました。近くにいたのに、息が止まったことに、すぐ気付かないほど、静かで穏やかな、本当に眠るような最期でございました。

 父は生前、冗談とも本音とも言えない、こんなことを私たちに話しておりました。「オレは死ぬときは、坐禅を組んで、飯も食わん、水も飲まんで、木が枯れていくように死んで見せるからな。ようみておけ」

 どこで見たのか聞いたのか、それが1番苦しまない、かっこいい死に方だ、と思っていたようです。しかし、最後の数カ月は、思考力も、意志の力も弱って、かなわぬことでございました。

 それどころか、亡くなる少し前まで、食欲は旺盛で、出前のうなぎを食べたり、「すき焼きを作ってきてくれ」と言われて持っていくと、ぺろりと平らげたり、皆さまご存じの食いしん坊ぶりを発揮して、看護婦さんたちを驚かすほどでございました。

 「テツ、メシば食わるっうちは、絶対死なんバイ」

 父は、いかなる時も、自分の母のこの教えを信じ、固く守っておりました。どんなに連敗が続いたときも、風邪で熱があるときも、手術で入院したときも、食べ続けました。「病気は食べて治す」が父の口癖でした。しかし、亡くなる10日ほど前から、飲み込む力が衰えて、ついに口から食べることができなくなったのでございます。

 

 長男として生まれた私は、60年あまり、いつも父を近くに見て暮らしてきました。生まれたときにはすでに野球人で、私が小学校の6年のときに現役を引退、その後、コーチ、監督として懸命に生きる姿を見て育ちました。

 仕事柄、華やかなスポットライトを浴びることもありましたが、反面、批判、中傷の嵐に晒されるときも何度となくありました。肥後もっこすの頑固者。口下手、言葉足らずで、誤解されることも多い父でしたが、言い訳や、反論が大嫌いでした。そのため、逆風の高波を家族がかぶることもしばしばでございました。

 しかし、父は実に運に恵まれた人でした。

 「これだけの努力を、人は運といい」と、運で片付けられることが不満だった父に叱られそうですが、どこか天から守られていたような強い運気を持っていたように思います。

 小さなころから家が貧乏で、高校時代に下宿先で苦労し、「阿蘇の火口に飛び込んで死んでやる」と阿蘇山に向かったら、様子が変だと父親に通報が行って、すんでのところで助かるということがありました。

 戦時中、飛行場にいたところを敵機来襲の爆撃に遇い、カンが働いたのか、それまで非難していたところから部下数十人を引き連れて別の場所に移動しました。その数秒後に、元いたところが直撃弾でやられて、全員が命拾いをしたということがありました。

 やはり軍人時代、軍服姿で自転車に乗っているとき、今度は艦載機に銃撃されました。この時はとっさに田んぼのあぜ道に飛び込んで助かったそうでございます。

 その後も、早期の胃がんが定期検査で見つかって、事なきを得たり、4年前、自宅で脳梗塞に襲われたときも、運ばれた医療センターの当直が脳外科の先生で、瞬時に処置していただくという幸運があって、全く後遺症も残りませんでした。

 亡くなってから、発売された雑誌の追悼文の中に、「あまり知られていないが、川上は家庭を大事にした人だった」という記事がありました。監督時代、キャンプ地から、選手の奥さんに、また独身の選手には親御さん宛てに手紙を書く。「何々君は毎日頑張っています。寂しいでしょうが、しっかり留守を守って応援していて下さい」

 そんなエピソードが紹介されていました。実際、家庭人としての父は、優しい父親でした。武骨で口下手。「愛してる」「好きだよ」なんて言葉は死んでも口にできない。しかし、私たち家族は、いつも大きく包み込まれるような父の愛情を感じて育ちました。

 私は生意気な息子でしたが、殴られたことは一度もありませんでした。ただ一度、母の心を傷つける言葉を吐いた私に、猛烈に怒ったことがありました。母を泣かせてしまったのです。いきなり私を素っ裸にして、家の雨戸を開けると、横かがえに持ち上げるや、庭に放り出したのです。外は一面の雪で、何十センチも降り積もっていました。そしてぴしゃりと雨戸が閉められたのです。小学生だった私は、泣き叫んで雨戸をドンドンたたきましたが、開けてくれません。

 その15分間のお仕置きについて、父は後にどこかでこんな風に話していました。

 「いやあ、あのときは、雪がこれくらいの深さなら、放り出してもケガはせんだろう。それくらいの計算はありましたよ、ワッハッハ」

 烈火のごとく怒ったように見えたのに、うーん、敵もさるもの、案外冷静だったんだ、と思ったのを覚えています。キャンプに出る前にお灸を据えておけば、留守中2カ月は安心だ。そう考えていたに違いありません。後に監督になって、選手たちにもこんな計算した叱り方をしたのかなあ、だから連覇もできたのだろうか、などと考えてみたこともございます。

 私たち家族の大きな危機は、昭和39年、12月のころでした。36年に監督になった父は、幸運にもその年初の日本一に輝きます。しかし、翌年は4位、その翌年に再び日本一になるものの、次の39年は3位に沈みました。父の口下手、説明不足に起因する、一部選手やコーチとの摩擦やトラブルが表面化し、連日のようにマスコミからたたかれました。批判記事が載らない日がないほどの大騒ぎになったのです。

 家族はもろにその波をかぶりました。まだ学生だった私や妹はそれほどでなくても、母が耐えきれずに倒れたのです。激しい下痢が何日も止まらず、どんどん痩せていく。はじめはガンが疑われましたが、潰瘍性大腸炎という診断でした。

 先生から「ストレスからくるので、やっかいな病気です。完治は難しい」と聞かされました。難病指定のこの病気に、当時は特効薬がありません。

 父は毎日夕方になると病院に行き、朝まで病室の簡易ベッドに泊まり込むようになりました。しかし、病状はいっこうに良くならない。父は私や妹に話しませんでしたが、母はもうこのまま家に戻ってくることはないだろうと思っていたようです。

 ところが、母は敬愛していたある先生から、諄々と諭されたことをきっかけに、奇跡的な回復をみせたのです。病室まで足を運んでくださって、その先生はおっしゃいました。

 「あなたは、死ぬんじゃないかと自分の心配ばかりしている。マスコミにたたかれて、あなた以上に苦しんでいるのはご主人の方じゃないですか。自分がどんなに心配をかけているか、そこに気が付けば必ず病気は治ります」

 快方に向かい、一時帰宅を許されて自宅に戻った母に、父が言いました。

 「このまま監督を続ければ、いつかお前を殺してしまう。いつ監督を辞めてもいい、正直に言ってくれんか」

 父の言葉を遮るように母が言いました。

 「あなたから野球を取ったら何が残るんですか。私はもう大丈夫です。思う存分、野球をやってください」

 安心してキャンプに出かけていった父から、1通の電報が届きます。

 何十年もあとに、私が母から見せてもらった電文にはこう書いてありました。

 「過ぎた20年昨日のごとし。雨あり風あり晴天あり。変わらぬ誠に感謝す。今日あり、明日あり、苦楽あり。喜びに満ちて、生きて行こう。 テツ」

 その日、2月4日は父たちの結婚記念日でした。

 そして、その年から9連覇が始まったのです。

 父はこの3月の誕生日までは元気でしたが、春先に転倒して入院し、それからは日一日と目に見えて弱っていきました。しかし入院の5カ月間、父は自分の望んでいた通りの日々を過ごすことができたのではないかと思っております。

 「災難にあう時節は災難にあうがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候」という良寛さんの言葉がございます。今の自分の状況をありのままに受け入れる。じたばたしないで、病気の時は病人になりきり、不自由なつらい思いもやり過ごす。もうだめとなったら、最後は静かに死を受け入れて、大自然に戻っていく。そんな姿を私たちに見せてくれたような気がいたします。

 今日はお別れの会、別れの場でございます。しかしこれまで父がご縁をいただいた、たくさんの方々が一同にお集まりくださった今日の日は、出会いの場であるとも言えるのではないでしょうか。父をしのんで、昔話をしてくださり、そしてそれがまた新しい人と人との出会いになるなら、人の心のつながり、家庭の和、チームの結束を大切にしていた、父の本望ではなかろうかと思う次第でございます。皆さま方には、今日はどうぞ笑顔でお帰りいただきたいと存じます。

 これまで、父を支えてくださった野球関係の皆さま方、ゴルフや釣りなどの遊びにお付き合いいただき、たくさんのご迷惑をおかけしたであろう皆々さま、そして終生変わらぬ温かい声援をいただいたファンの皆さま方、本当にありがとうございました。

 最後に、今日のこの場をご用意下さった読売巨人軍のご厚意、弔辞をいただいた王貞治様、OBの皆さま方、そして東京ドームの関係者の皆さまに心からの感謝を申し上げ、お礼のごあいさつとさせていただきます。本日は誠にありがとうございました。

 [2013年12月2日17時19分]

 

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