昨年の8月に、次のような社説を産経新聞は発表しました(魚拓)。そしてそれに乗っかって、私も記事を書いています。
祝! 産経新聞も、ついに自衛隊によって拉致被害者を救出するという話の非現実性を認める
>2015.8.8 05:01
【主張】日朝外相会談 政府の「本気」が問われる
(前略)
安全保障関連法案をめぐる国会審議で、朝鮮半島有事の際の拉致被害者について問われた安倍晋三首相は、「米国が拉致被害者を救出することが可能な状況が生じた場合も想定しながら、被害者の情報を提供し、安全確保をお願いしている」と答弁した。
悲しいかな、これが現実である。自衛隊は拉致被害者を救出することはできない。交渉による奪還を急ぐしかないのだ。
(後略)
まあ当然な話ですよね。拉致被害者の所在の確認ができないし(生存すら確認できていません)、万万が一所在を確認しても、記事のコメント欄でねこ一世さんがご指摘になったように、
>まあどこかにいるとわかったとして、
②自衛隊機(複数の大型ヘリ?)がピョンヤンにどうやって無事着陸するの?※当然攻撃されるでしょう。
③着陸できたとして機体を守備する部隊と救出部隊に分かれて、北朝鮮側の攻撃をかわしながら被害者を救出して無事ヘリまで戻れるの?※高齢者が多いし、日本の同世代よりも体力とかないでしょう。
④無事に離陸しなおかつ北朝鮮の追尾を振り切れるの?
ということでしょう。空想次元でばかげています。なお上の引用は、一部タイポを訂正させていただきました。
ところがというべきか、正直言いますと「やっぱり」というところですが、性懲りもなく産経新聞は、この件を蒸し返しています。下の記事を。
>2016.3.31 11:57
【直球&曲球】葛城奈海 自衛隊による拉致被害者救出を議論せよ
桜の季節を迎えた。しかし、何十年もの間、祖国の桜をめでることのかなわない同胞たちがいる。現憲法下で、拉致被害者救出に自衛隊を使うなどありえないと考える国民は多い。しかし、そうやって思考を停止する前に、考えてみてほしい。
クーデターなどで北朝鮮が騒乱状態に陥った場合、各国政府は自国民救出に動く。そのとき、日本はみすみすチャンスを逃すのだろうか。邦人救出には「当該国の同意」が必要とされるが、無政府状態になった場合はどうか。現に、フセイン政権崩壊後のイラクでは、国連の承認を得た代表部を「代行政府」と見なし、その同意を得て自衛隊は邦人10人の輸送を行っている。北朝鮮でも同様のケースに備えておくべきではないか。
折しも、今般の平和安全法制改正で、在外邦人等の保護措置が新設され、任務遂行型の武器使用も可能になった。救出へのハードルが下がったわけだが、いかに自衛隊が優秀でも情報や事前準備なしに任務遂行はありえない。法律上、自衛隊は外務大臣からの要請があって初めて救出に取りかかることができる。備えるとは具体的に、外務省が被害者の所在情報を収集し、その情報を元に自衛隊が救出に向けて訓練することだ。
5日、予備役ブルーリボンの会が開催したシンポジウムで元陸自特殊作戦群長が世界各国の自国民救出の事例を紹介した。多くの国々が自国民とともに他国民も救出しており、日本人もそこに含まれていたのは意外だった。情けないことに、これまで日本は助けられる一方だったのだ。
同じ敗戦国ドイツは、1997年アルバニア暴動で、戦後初めてNATO(北大西洋条約機構)域外へ軍を単独派兵し、自国民とともに他国民も救出したことがきっかけで、軍事・安全保障でも独立した意思を持つ政治大国として国際社会に是認され、以後、国際政治の重要なプレーヤーになった。
「自衛隊も自国民保護という目的で世界の国々の人を救出する実績を重ね、北朝鮮での拉致被害者救出に備えるべきだ」。元群長の言葉が現実になったとき、日本は国家の尊厳を取り戻せるのではないか。
◇
【プロフィル】葛城奈海
かつらぎ・なみ やおよろずの森代表、防人と歩む会会長、キャスター、俳優。昭和45年東京都出身。東京大農学部卒。自然環境問題・安全保障問題に取り組む。予備役ブルーリボンの会広報部会長、林政審議会委員。著書(共著)に『国防女子が行く』(ビジネス社)。
>クーデターなどで北朝鮮が騒乱状態に陥った場合、各国政府は自国民救出に動く。そのとき、日本はみすみすチャンスを逃すのだろうか。邦人救出には「当該国の同意」が必要とされるが、無政府状態になった場合はどうか。現に、フセイン政権崩壊後のイラクでは、国連の承認を得た代表部を「代行政府」と見なし、その同意を得て自衛隊は邦人10人の輸送を行っている。北朝鮮でも同様のケースに備えておくべきではないか。
ね、ね、ね、ね、ね。北朝鮮の政権崩壊のその時、そのような行為の同意を可能とする「代行政府」なんてものが存在しているの? しているのなら、その代行政府に、日本人拉致被害者を日本側に引き渡すよう要求すればいいじゃん。わざわざ自衛隊が強行突入する意味がない。拉致被害者が仮に現政権あるいは日本側に拉致被害者を引き渡すことをよしとしない何らかの武装勢力の支配下にある地域にいるとしたら、やっぱり自衛隊による奪還なんて出来そうにないですよね。最悪皆殺しにあいそうだし、日本側(自衛隊側)も、拉致被害者の所在を把握できないでしょう。
>同じ敗戦国ドイツは、1997年アルバニア暴動で、戦後初めてNATO(北大西洋条約機構)域外へ軍を単独派兵し、自国民とともに他国民も救出したことがきっかけで、軍事・安全保障でも独立した意思を持つ政治大国として国際社会に是認され、以後、国際政治の重要なプレーヤーになった。
ね、ね、ね、ね、ね。その時のアルバニアって、無政府状態、内戦状態だったんですか? そんなわけないじゃん。
で、上の記事にある
>予備役ブルーリボンの会が開催したシンポジウム
というのも、産経は記事にしています。さすがに全国紙でこんなものを記事にするのは、産経以外ないんじゃないんですかね。こちらのほうは長いので、一部をご紹介。魚拓は取っておきます。
>シンポジウムで荒谷氏は、世界各国による在外国民救出の事例を説明。その中でも、1997年に東ヨーロッパのアルバニア共和国で発生した動乱での、ドイツの活躍を紹介した。
アルバニアでは国民の間で流行していたネズミ講が破綻。財産を失った国民が暴徒化するという事態に発展。このときドイツはアルバニア在住の自国民保護のため、国防軍を派遣。ドイツ人だけでなく、日本を含む他国民も救出した。
それってアルバニア政府が作戦に協力してくれたんでしょ。北朝鮮の際には、北朝鮮政府は協力してくれないんじゃないんですか? 安倍晋三は、荒木和博が紹介したところによると、
>拉致被害者を救出することはわが国はできない。特に相手国の同意が必要であり北朝鮮がそれをするとは考えられない。
と言ったそうですが、同意がないまま作戦を強行して成功する可能性なんかありますかね。ないと思いますけど。
ところでこの記事には、こんな話まであります。
>実現しなかった拉致被害者救出作戦
シンポジウムでは、民間による拉致被害者救出が過去に検討されたことがあったことも明かされた。
昭和53年8月に北朝鮮に連れ去られた増元るみ子さん(62)=拉致当時(24)=の弟、照明さん(60)は平成14年終わりごろ、るみ子さんと、るみ子さんと一緒に拉致された市川修一さん(61)=拉致当時(23)=救出作戦の実施を提案されたという。
照明さんによると、作戦を提案したのは、元北朝鮮工作員の安明進(アンミョンジン)氏。「現在でも増元るみ子さんと市川修一さんの所在地がある程度わかる。連れ出せるはずだという相談があった」という。
しかし、るみ子さんと市川さんの2人を同時に救出するのは困難だという見通しを伝えられ、「どちらか一人残されたほうはどうなるのだろうという危惧があったのでプロジェクトを断らざるをえなかった」と振り返った。
こんなの単なる与太にしか私には思えませんけどね。そもそも論として、そんな話、増元氏や荒木なんかに相談して何がどうなるというのか。だいたい
>安明進
みたいなシャブで逮捕されたような人物や、
>民間軍事セキュリティー会社の関係者
に何ができるというのか。馬鹿も休み休み言えとはこのことです。
余談ですが、この記事中
>北朝鮮が日本人拉致を初めて認め、その後の拉致被害者5人の帰国につながった2002年の日朝首脳会談が実現した背景には、米による圧力強化があったことが知られている。同年1月の一般教書演説でブッシュ米大統領は「悪の枢軸」と北朝鮮を名指しして批判、北朝鮮が日本に接近し、首脳会談へとつながった。
荒木氏は一般教書演説を受け、「これで爆弾を落とされると本気で北朝鮮の中は思った」と説明。当時は中国との関係も悪化したため、北朝鮮には日本に近づく選択肢しかなかったと分析した。
こうした経緯から、今後北朝鮮との間で被害者帰国に向けた交渉を実現するため、荒木氏は「北朝鮮にいうことをきかせるには、力でやるしか方法はない。北朝鮮の中で金正恩が『このままいくと爆弾を落とされる』『日本がキレたら何をするかわからないと』いうふうに思えば、交渉に乗ってくる可能性はある」と話した。
とありますが、いずれにせよ北朝鮮側を交渉のテーブルに着かせるためには、圧力でなく対価のほうがはるかに効果があったということは、過日の記事でも指摘しました。
米国のキューバへの対応から、日本の北朝鮮への対応を考えてみる
またbogus-simotukareさんは、私への返答コメントで、
>百歩ゆずって「金正日が日朝交渉に応じたのが巣くう会の言うように悪の枢軸論に怯えたからだとしても」、そのときの首相が小泉氏でなければ日朝交渉は行われず、今も蓮池夫妻らは北朝鮮にいるんじゃないですかね。
とご指摘になっています。私もその可能性が高いように思いますね。たとえばその時の首相が安倍晋三でしたら、たぶん拉致被害者の帰国は実現していないでしょう。
いずれにせよ、産経新聞にとっての、
>悲しいかな、これが現実である。自衛隊は拉致被害者を救出することはできない。交渉による奪還を急ぐしかないのだ。
という主張は、安倍の発言に調子を合わせただけの、全く本心ではないものだったという可能性が高そうですね。だいたいそんなことだろうと思っていましたが、やっぱりそうでした。何をいまさらながら、うそつきのデタラメな新聞です。私は前の記事で、
>いずれにせよ、こういう社説を発表したんだから、産経新聞は今後「自衛隊による拉致被害者救出」なんて話はしないんでしょうねえ。いや、安倍が首相を辞任したらまた話は変わるんでしょうか。
と書きましたが、上の記事は今年3月の記事です。半年強でこのざまですか(笑)。せめて安倍政権が続くまではそのような話を記事にしないなんてことすらなかったわけですね。ひどいものです。
そもそも現段階北朝鮮の体制は安定しているようですから、北朝鮮の体制崩壊なんて、蒋介石の大陸反攻なみに実現の見通しが立たないんじゃないんですかね。また本当に北朝鮮の体制が崩壊したら、そしてその時もし日本人拉致被害者が北朝鮮に生存しているとしたら、気の毒ですが、その人たちを救出することは出来ませんね。運命は神のみぞ知るです。たぶんあまり前向きな運命は期待できないでしょう。
それでこれも同じことを何回でも書きますと、拉致被害者家族たちは、なぜこういう与太に対して「もう少し現実性のある話をしよう」というようなことを言わないのか。発言しているが無視されているのか。だとしたらひどい話ですが、そうとも思えませんけどね。だいたいinti-solさんが私の記事のコメントでおっしゃったように
>現実問題として、帰国した拉致被害者以外は、すでに亡くなっているのは、まず間違いないでしょう。
ということになってしまうのではないですかね。そういってしまうとみもふたもないですから、私もあまりそういうことは書きたくないですが、その可能性が非常に高いと私も思います。
本日の記事は、bogus-simotukareさんの記事(こちら、こちら)、私のコメントへのコメント返し、ねこ一世さんのコメント、inti-solさんの拙ブログへのコメントを参考にしました。感謝を申し上げます。