前にこんな記事を書きました。内容はコピペですが、つまりは事態の重大さを読者の皆様に知っていただきたかったからです。
「やってられん」となれなかったから、こうなったのかもしれない
つまり精神疾患の娘を、その父親が殺害した事件の刑事裁判で、温情判決が出たという記事を紹介したものですが、その内容は、なかなかすさまじいものでした。一部を引用しますと、
>札幌市中央区で今年3月、重度の精神疾患がある長女(43)を絞殺したとして、殺人の罪に問われた父親(81)の裁判員裁判。15日に札幌地裁で開かれた判決公判で言い渡されたのは、法定刑の下限である懲役5年を下回る懲役4年(求刑懲役7年)だった。公判では、極度の潔癖症などの「強迫性障害」に長年苦しんできた長女と、対処に苦悩し、追い詰められていった両親の姿が浮き彫りになった。
地裁判決や検察側、弁護側双方の冒頭陳述などによると、長女は父親と母親(82)との3人暮らし。30年前から心の病に苦しみ、6年ほど前に病状が悪化し、「ウイルス感染」を極端に恐れるようになった。部屋にこもって個別包装された菓子しか食べず、事件当時の体重は約25キロだった。
行動の制限や束縛
両親の行動も長女の厳しい制限を受けた。食事は袋詰めの切り餅や缶詰などに限られ、母親は外出を禁じられた。父親は長女と母親が寝起きする部屋に入ることを許されず、両親は洗面台の棚にメモを隠して連絡を取り合った。
症状の悪化が進むにつれ、長女と両親との間で口論やもみ合いになることが増えた。長女が「私はカッとなったら何をするか分からない。刑務所に入るようなことをさせないで」と言ったこともあるという。
両親は長女に入院を勧めたが、「誰が寝たか分からないベッドに寝られない」と拒否された。長女の束縛に耐えかねた母親が何度か警察に駆け込んだが、家族間で話し合うよう促された。区役所や病院にも相談したが、「本人に治療の意思がなければ難しい」などと言われ、根本的な解決策は示されなかったという。
「もう殺すしか…」
事件前日の朝、長女に外出を止められ、父親は心臓病を患う母親を病院に連れて行くことができなかった。「もう殺すしかない」。3月5日未明、父親は長女をマンション駐車場に止めた車に押し込んだ。「助けて、お母さん」と叫ぶ長女の声が響く。「ごめんな、許してくれ。こうするしかないんだ」。父親はそう言いながら約30分間、首を絞め続けた。
だそうです。もちろんここにあることは、本当に文字通りの氷山の一角でしょう。記事によれば、この女性はだいたい中学1年生で統合失調症かなにかを発症したようです。失礼ながら、親であってもとても係りあい続けられるものでもなさそうです。
さてさて、このような事件は、やはり日本中で起きているようです。次の記事はいかがでしょうか。長いので抄録ということで。魚拓は取っておきます。
>2016.7.25 11:00
【衝撃事件の核心】顔面にたたきつけた〝愛のハンマー〟 「かわいそうだが先に逝け」…精神疾患の長女殺めた老夫婦の窮状
精神疾患でときに手がつけられなくなる43歳の長女の面倒を見ていた老夫婦。極限状況まで追い詰められた末、「一家心中しかない」と決意し、長女の顔面にハンマーを振り下ろし、ベルトで首を絞める―という悲劇が起こった
かわいそうだが、先に逝(ゆ)け-。87歳の父親は自ら手にかけた43歳の娘にあて、こんな手紙をしたためた。70歳の母親は娘の顔に付いた血をふき取り、遺体と添い寝をした。2人も死に場所を求めてさまよったが結局、死にきれなかった。精神疾患の長女を殺害したとして、殺人罪に問われた老夫婦。7月に開かれた大阪地裁の裁判員裁判で、極限状態まで追い詰められた救いのない日々を生々しく語った。
「お母さん助けて!」
平成27年11月18日早朝。長女はまだ1階の和室で、寝息をたてていた。それを確認した母親は、2階で待つ父親に「よう寝てるよ」と告げた。
父親は和室に向かった。母親は声を潜めて、事が終わるのを待った。しばらくして長女の悲鳴が聞こえてきた。
「お母さん助けて! お父さんに殺される」
父親の公判供述によると、熟睡していたはずの長女の横にひざをつくと、まだ何もしていないのに、ぱっと目を覚ましたのだという。あるいは殺気を感じとったのかもしれない。
長女が叫んだのと間髪を入れずに、父親は手にしたハンマーを長女の顔面に3回たたきつけた。
いたたまれなくなったのか、2階の母親も駆け下りてきた。長女を挟んで、夫婦は言葉を交わした。
母親「顔が血だらけになってるやん」
父親「助けるんやったら今やで」
ここでやめても、取り返しはつかない。母親は「それは無理や」と言下に否定した。父親は「早く楽にさせたろう」と応じ、今度はベルトを長女の首に巻き付けた。
「私も引っ張らせて」と母親は言った。ベルトの両端をそれぞれが握り、力を込めて引き絞った。間もなく長女は動かなくなった。
(中略)
「学校へ行きたくない」
長女は小さいころから、トゥレット症候群に悩まされていた。本人の意思に反して、まばたきを繰り返すなどの「運動チック」と、せき払いや叫び声など「音声チック」が1年以上続く疾患を、トゥレット症候群と呼ぶ。
長女にチック症状が現れたのは小学3年生ごろ。無意識につばを吐く症状が出た高学年のときは、周囲の児童から「汚い。お前と物を食べられへん」となじられた。中学校に入ると、体全体を振るわせたり、顔をゆがめたりと症状はさらに悪化した。
我慢強いあまり愚痴も言わない子供だったが、せっかく入学した高校は1学期だけで退学した。通学電車の中でチック症状が出ると他人からじろじろ見られ、疎ましがられた。長女は「学校へ行きたくない」と泣いた。
それから就職したこともあったが、なじめずにすぐに辞めてしまい、家にこもりがちになった。トゥレットだけでなく、統合失調症も発症した。
「病気は親の責任」
長女が22歳のときに〝転機〟が訪れた。
障害基礎年金を申請すると、過去の分もさかのぼって支給され、約250万円が一気に手に入ったのだ。長女はそれを1年半で使い切り、ここから浪費癖が始まった。
「自分の金だから、好きなように使う」
年金を貯金するよう勧めた父親に対して暴れ、高価なパソコン、趣味の絵を描くための道具を買い込んだ。母親名義のカードにはネット通販や有料テレビの視聴料、宝塚歌劇のチケット代、ゲームの課金料金の請求もくるようになった。
「病気を持ったのは親の責任や」
こう言って責める長女に両親は何も言えず、「あの子の唯一の楽しみを奪えない」と、浪費癖をいさめられなくなっていた。
攻撃と依存
大工として家を空けることが多かった父親は70歳すぎにリタイアして自宅に戻ってきた。だが長女が父親を異常に嫌悪し、父親は2階、長女が1階という家庭内別居の状態になった。
一方、母親への態度も複雑だった。公判で弁護人は長女の母親への振る舞いを「攻撃と依存」と表現した。
母親は5年ほど前まで勤めに出ていた。長女は何か嫌なことがあると、自宅から母親の職場に「死んでやる」「手首を切る」「薬を飲んだ」と、たびたび電話をかけたりファクスを送りつけたりした。母親はそのたびに帰宅した。
長女が過ごす1階和室から、母親の姿が見えなくなると「何してんねん」と声を荒らげた。風呂も母親とでなければ入らない。「起きている間はずっと一緒」という生活だった。
長女の要求に母親が従わないと、長女は手がつけられなくなった。自分の頭を机に50回以上ぶつけ、体をけいれんさせ、最後は過呼吸になった。それが落ち着くとカッターを持ち出し、母親の目の前で手首を切った。
「何でそんなことするの。お母さんの(体)を切ったら」
あるとき母親がそう言うと、長女は「その血では落ち着かん」と答えた。
長女は精神科系のクリニックに通院していた。母親が医師にリストカットや入院の相談をしたこともあったが、実のある返事はなかったらしい。
同じ疾患の家族会を紹介してもらったものの、他人の癖がうつる長女をその場に連れて行くことがためらわれた。たとえば、はなをすする人を見ると、長女もはなをすするしぐさを始めるのだという。家族会には結局、行かずじまいだった。
「殺すしかなかった」
「これでわが家も最後かな」。27年8月ごろ、母親は通帳を見て、もう年が越せないと思いつめた。
一家の月の収入は父親の年金11万円と、長女の障害基礎年金6万円。だが、障害基礎年金は長女が全額自分の趣味に使う。生活費になるはずの年金も、長女の携帯電話料金や好みの食べ物代に消え、毎月の支出は約30万円に上った。赤字分は預金を取り崩す生活だったが、それももう底をつく。
「一家心中しかない」と母親は、父親にほのめかした。自家用車の車検は11月22日に切れる。外出に車が必須の長女の機嫌を損ねないためには、それまでに心中を実行する必要があった。そして犯行日の18日を迎えたのだった。
被告人質問で検察側から「殺害せずに済む方法はなかったのか」と問われると、父親は「ないですね」と言い切った。
母親は夫婦だけの心中だけでなく、長女を道連れにした理由を聞かれ、「あの子は私がいないとどういう風になるか。考えただけでつらいことです」と涙ながらに答えた。
(後略)
「抄録」なんて書いていてほとんど引用しちゃいましたが、なかなかすさまじいでしょう。このような人間というのはちょっと対応できませんね。わがままで非常識で浪費癖がある。他人だったらそんな人間など付き合わなければいいだけでしょうが、親子ですからねえ。こんな次元まで責任持てないといって親が2人で自殺、心中とまではいかずとも姿をくらましたって、正直法的にはともかく道徳的に批判する気にはなりませんね。精神疾患だから、非難や批判をしてどうこうという元を超えている。これでは、
>子供を殺してください
と親(子どもではありませんが、兄弟姉妹であることもあります)だって言いたくもなります。
それでこちらの本をたまたま私は知って読んでみました。
「子供を殺してください」という親たち
著者は、こちらのHPによると・・・
>1968年福岡県北九州市に生まれる
1992年専修大学商学部中退 トキワ警備を創業
1996年説得による「精神障害者移送サービス」を創始2001年「子供部屋に入れない親たち」を上梓2002年社名をトキワ精神保健事務所に変更 代表の座をゆずり、「押川剛」個人としての活動をはじめる
北九州市内に若者の自立・更正支援施設「本気塾」を設立
2007年ジャーナリストとして〝ハーレム男〟のその後を追跡。ドキュメンタリーとして放送される。その後も、押川の活動を追ったドキュメンタリーが多数放送される
2013年精神保健福祉法改正をふまえ、新たな業務を立ち上げる
押川剛は、いかなる組織にも属さず、国家資格ももたず、助成金を受けているわけでもありません。
だからこそ、どんな場所、どんな相手であっても、「本当のこと」を、はっきりと言います。
それぞれの専門機関に対して、縦横無尽に動くこともできます。
警察からの依頼で「精神疾患の方への対応について」の講演を行ったり、押川に興味を持った精神科医が業務を
見学に来たりするなど、“メンタルヘルス界の奇才”として、関係各所からの注目を集めてもいます。
とあります。相当奇特な人間ではあるでしょうし、またご当人も相当毀誉褒貶の激しい人間なのかもですが(詳細は知りません)、いずれにせよ本の内容はすさまじいの一言につきました。前半に、著者が対応した精神疾患者の話が出てくるのですが、だいたい上にあげた事例と同じようなものです。非常識極まりない態度、要求、浪費など。
個人的には、このような人たちをどうこうするには精神病院に入れるしかないのではないかと思いますが、今の時代精神病院に長期入院させるのも困難です。だいたい3か月で退院という名で追い出されます。はてはて、そうなったら次はどうすればいいのか、途方に暮れるにもほどがあります。
読者の皆さまも、よろしければお読みください。あなたの知らない世界を仮想体験できます。